テラーノベル
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玄関に並んだ靴。蓮司がコートを羽織りながら、乱れた前髪を手で梳く。颯馬は階段の途中から彼を見下ろしていた。
「帰んの? もうちょいいりゃいいのに」
「君んち、長居したら食われそうでね」
笑いながら言う蓮司に、颯馬は不意に笑う。
「だって、おまえはもう、ちょっと喰われてるじゃん。姉ちゃんに」
蓮司は立ち止まる。くるりと振り返ると、指を額に当てて敬礼のまね。
「光栄なことだろ、それは」
「ねえ、蓮司。あいつ(遥)って、何が楽しいの?」
「楽しいと思ってないけど。……壊れるとこって、人間が一番素直なんだよ」
颯馬は、まじまじと蓮司を見た。
その瞳の中にあったのは──まるで、学ぼうとする“弟”のそれだった。
「そっか。……見てると、笑っちゃうもんな、あいつ」
「そういう時は、遠慮すんな。笑えばいい。……誰も止めないから」
蓮司はそう言って、ドアを開けた。
「──なあ、お兄ちゃん」
声の主に、遥は即座に反応しない。
ただ、階段の途中で背を向けたまま、止まる。
「蓮司、さ……おまえのこと、“壊れてるのが素直だ”って。言ってたよ」
静かに──だが確かに、背後から迫る気配。
「だから、俺も見てやんなきゃなって思って」
──くるり、と。
遥が振り向くより先に、颯馬の指先がその襟元をつかんでいた。
「今日、……どこまでやった?」
遥の返答はない。
その無言すら、颯馬は楽しげに受け取った。
「やっぱ、こういうのってさ──蓮司の見てる前じゃ、やりづらいんだよな」
「…………」
「でも今は、いない。だから……、ちゃんと、やれるね」
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