月曜の朝、葉月はいつものように家を出た。
賢太郎は昨日も、葉月の家のゲストルームに宿泊した。
それには訳がある。
夕食時に航太郎がこう言ったからだ。
「マンションに帰ってもベッドもないんでしょ? だったら、うちにいればいいじゃん」
「「え?」」
賢太郎と葉月は驚いた。
「航太郎、そんな勝手なこと言わないで!」
「だって、賢太郎さんは七月いっぱいここにいるんでしょう? なら、このままうちにいればいいじゃん」
「……それはそうだけど、桐生さんにも都合があるでしょう?」
葉月は、賢太郎がマンションに帰るだろうと思い、同意を求めた。
しかし、彼の返事は予想外のものだった。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「ほら! やった!」
航太郎は嬉しそうだ。
「もちろん、その間の生活費は払うし、家事も手伝うよ」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて……」
葉月が言葉を濁していると、元気よく航太郎が言った。
「だったら決まりだね!」
航太郎は、満足気に頷いている。
こうして、賢太郎は葉月の家にそのままいることになった。
そして、翌朝、葉月は賢太郎に見送られて家を出た。
(なんだか、変な感じ……)
葉月は奇妙な感覚に少し戸惑っていたが、会社へ着くとすぐにそのことは忘れた。
今日は週の始まりなので、気を締めて仕事に取り掛かりたい。
その日の午前中は問題なく過ぎた。
午後、少し手が空いた時、葉月は来客にお茶を出すよう頼まれた。
この支社には、時折契約者が訪れる場合もある。
葉月が給湯室でお茶の準備をしていると、同僚の女性が近付いてきた。
「今来ている人、すごい資産家らしいよ」
「応接室の人?」
「そう。それに、超イケオジなんだって!」
「へぇ。でもここに来るってことは、示談交渉がこじれてるんだよね?」
「そうなの。なんか運悪く、相手がコッチ系の人だったらしいよ」
同僚の女性は、人差し指で頬をなぞった。
「嘘っ! それってヤクザってこと?」
「みたい」
「それは大変だね」
「うん。でも、資産家ならお金で解決できるでしょう? それより、本当にイケオジかどうかだけ確認してきてよ」
「わかった」
応接室にお茶を運びながら、葉月は考える。
(イケオジがぶつけたのかな? それともヤーさんから当てられた? いずれにせよ、長引きそうねー)
そんな風に思いながら、葉月は応接室のドアをノックして中へ入った。
「失礼します」
その時、目の前に見覚えのある顔があったので、葉月は驚いた。
しかし、葉月が気付くよりも先に、相手の方が葉月に気づいていたようだ。
「あ! 君は…….芹沢さん?」
「あっ……はい……」
葉月は驚きながら慌てて返事をした。
応接室にいたのは、あの日カフェで出会ったクリス・ハプラー似の男性だった。
(え、えっと……なんて名前だったっけ?)
葉月は必死に名前を思い出そうとしたが、思い出せない。
その時、接客中だった課長が、驚いた顔で聞いた。
「なんだ、二人は知り合い?」
すると、クリス・ハプラー似の竹之内リオンが、笑みを浮かべて答えた。
「いや、以前カフェで偶然ご一緒しましてね。でも、まさかこんなところでまたお会いできるとは、驚きましたねー」
竹之内の笑顔を見つめながら、葉月の心は沈んでいた。
(困ったわ……まさか職場を知られるなんて……)
応接室を出た葉月は、重い気分のまま自分のデスクへ戻った。
その日、定時で仕事を終えた葉月は、会社を出て表通りを歩き出した。
20メートルほど進んだところで、突然誰かに呼び止められる。
「芹沢さん!」
葉月が驚いて振り返ると、そこには、クリス・ハプラー似の竹之内リオンが立っていた。
竹之内が応接室を出たのは、午後三時頃のはず。
それから数時間経っているのに、どうしてここにいるのだろう?
「竹ノ内さん……どうしてここに?」
「あなたをお待ちしていました」
その言葉に、葉月は絶句した。
「え? まさか、ずっとですか?」
「はい。というのは冗談で、途中、お茶してきましたけどね」
竹之内はそう言いながら、とても魅力的な笑みを浮かべた。
(やば……本当に超イケオジだわ! 彼の経歴を知らなかったら、一瞬で騙されちゃいそう)
その時、竹之内は葉月にこう言った。
「よろしければ、帰りにお食事でもいかがですか?」
いきなり誘われた葉月は驚いた。
彼が積極的なタイプだとは理解していたが、あまりにも直球すぎるので面食らってしまう。
それでもなんとか冷静さを保つと、葉月はこう答えた。
「子供が待っているので、すみません」
その言葉に、今度は竹之内の方が驚く。
「お子さんがいたんだ?」
「はい」
「結婚指輪はされてないようですが、結婚しているの? それともシングルマザー?」
「後者ですね」
竹之内はホッとした表情を浮かべながら、葉月にこう提案した。
「じゃあ、ほんの少しお茶でもいかがですか?」
「すみません。買い物がありますので」
「だったら、店までお送りしますよ」
「いえ、お気遣いなく。大丈夫ですから」
「遠慮なさらずに! 車はここにありますから」
竹之内は後ろにある車を指差しながら言った。
そこには、真っ赤な外国製のスポーツカーが停まっていた。
(真っ赤! いかにもって感じ……)
派手な車を見て、葉月は心の中で呟いた。
そして、もう一度丁寧に断りの言葉を口にした。
「本当にお気遣いなく。寄るところがいくつもあるので、大丈夫ですから」
「いやいや、遠慮せずにどうぞ乗ってください」
「いえ、本当に結構ですから」
竹之内は、派手なスポーツカーの助手席のドアを開け、葉月に乗るよう促す。
しかし、葉月は一歩後ずさり、その場を立ち去ろうとした。
そこへすかさず竹之内の手が伸びてきて、葉月の肩を掴んだ。
(ま、まさか、無理矢理乗せる気?)
葉月がギョッとしてその場から逃れようとすると、さらに竹之内の手に力が入った。
(冗談じゃないわ! 私は絶対に乗らないわよ!)
葉月が必死に逃れようとしていると、突然二人の後方に一台の車が停まった。
その車は、黒いサンドクルーザーだった。
車のナンバーを見た葉月は、その車が賢太郎のものだとすぐに気づいた。
(桐生さん?)
車のエンジンが切れると、運転席のドアが開き、少し強張った表情の賢太郎が姿を現した。
コメント
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この先が知りたい😭 早く明日になぁれ!!
ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ💗 航ちゃんナイス💪 一緒に住めるようになって良かったねーーーーッ😆 これから始まる3人の生活✨♫✨🌊✨📷️✨ワクワク😆
俺の彼女に何かご用ですか?なんて賢太郎さん言うのかしら?🤔🤔🤔やはり葉月宅に居候?用心棒で賢太郎さん居るのね。たけのうち?好かんわ。