「葉月、迎えに来たよ」
「あ……」
竹之内は怪訝な表情で賢太郎を一瞥したあと、葉月に尋ねた。
「あちらは?」
葉月が答えに困っていると、賢太郎が答えた。
「葉月の恋人です」
「恋人?」
竹之内は驚いていた。
「葉月さんには、お付き合いしている方がいたの?」
「あ、はい……」
賢太郎とは『お試し交際期間中』だったが、この場を切り抜けるため、葉月ははっきりそう答えた。
しかし、竹之内は動じることなく、自信ありげに言った。
「なるほど。しかし、交際には時に別れや距離が生じることがありますよね? だから、僕にも入り込む余地があるんじゃないかなぁ?」
(うわっ! 超ナルシスト! よほど自分に自信があるのね)
竹之内の物言いに、葉月は元夫の啓介の面影を重ねていた。
思えば、啓介もいつも自信過剰で、今の竹之内と全く同じだった。
葉月がすぐに「YES」と言わなかったため、啓介は必死に葉月を手に入れようとした。
結果、葉月は押し切られて啓介と一緒になったのだ。
(流されちゃだめよ、葉月! 二度と同じ過ちは繰り返さないで!)
その時、賢太郎が竹之内にこう尋ねた。
「お聞きしますが、あなたは葉月さんとのことを、将来的にどうお考えですか?」
「もちろん、自立した大人同士、素敵なお付き合いを継続できたらと思っていますよ」
「では、もし交際がスタートしたとして、その先にあるものは?」
「その先ですか? それは、付き合ってみないとわからないなぁ。それを確かめるために、交際期間があるんでしょう?」
「無責任ですね」
「ハッ? 何が無責任なんだ? 互いをよく知った上で、先のことを考えるのが普通だろう? それのどこが無責任なんだ?」
「あなたは今までそのやり方で来たのかもしれませんが、結果的に三度失敗していますよね?」
竹之内は、ズバリ言われたので激高した。
「失礼だな、君は! 何で君にそんなことを言われなくちゃならないんだ!」
「失礼。でも、事実ですよね?」
賢太郎は余裕の笑みを浮かべて、言い返した。
竹之内はかなり不愉快そうだったが、これ以上怒るのはみっともないと考えたのだろう。
そこで、急に作り笑いを浮かべながらこう言った。
「私には財力がある。だから、交際期間中、彼女を十分満足させられるだけの力はあると思いますよ? それは彼女にとって決して損な話じゃない。まぁ、若い君にはわからないかもしれないけどね」
竹之内は勝ち誇ったように言うと、フフッと笑った。
しかしその言葉は、葉月の心に大きく引っかかった。
(つまり、金で贅沢させれば、そのあとは振ろうが捨てようが構わないってこと? ハァッ? 馬鹿じゃないの!)
葉月は思わず反吐が出そうになった。
その時、賢太郎が竹之内に問いかけた。
「彼女に子供がいることをご存知ですか?」
「もちろん知っていますよ」
「じゃあ、それについては、どうお考えですか?」
「もちろん、私は彼女のお子さんを交えて、オープンな付き合いをしてもいいと思っていますよ」
「彼女との将来が何も決まっていないのに、無責任に彼女の子供に会うつもりですか?」
「ハハッ、海外では、そういった付き合い方はごく普通ですよ! 君は随分と頭が固いんだねぇ」
煽られても、賢太郎はびくともしなかった。
それどころか、余裕の笑みを浮かべながら話を続けた。
「もちろん知っていますが、ここは日本ですよ?」
「だからなんだ?」
「あなたの仰る形式は、日本ではまだ主流じゃないってことです。それに、子供がいる女性と付き合う時は、まずは子供の心を考えてあげるのが最優先なんじゃないですか?」
「ハッ? 君のような若造に何がわかるというんだ! 君は彼女より年下なんだろう? 君こそ彼女とどういう気持ちで付き合ってるんだ?」
「もちろん、私は彼女と彼女の子供のことを、すべて引き受けるつもりですよ」
「ハァ? 引き受けるって、ど、どういう意味だ?」
「彼女と結婚すると言ってるんです」
その言葉に驚いたのは、竹之内だけではなかった。
葉月も驚いて、思わず息を飲んだ。
「そんな浮ついた言葉なら、誰だって言えるさ。若いやつは情熱だけで突き進むから、絶対に失敗するさ」
「そう思いたければご自由に。でも、私はあなたと同じような過ちは繰り返しません。結婚は一度きりと決めていますからね。だから、もう二度と葉月に近づかないでください。もしまた彼女に手を出したら、絶対に許しませんよ」
賢太郎の鋭い視線が竹之内に刺さる。その気迫に竹之内は思わず身震いした。
一方で、葉月は賢太郎の言葉に感動を覚えた。
たとえそれが竹之内を追い払うための常套句だったとしても、その言葉は葉月の心に深く響いていた。
竹之内は、急にソワソワしながら、葉月に向かってぎこちなく言った。
「あっ! 葉月さん、すみません。ち、ちょっと急用を思い出しましたので、失礼します」
竹之内は慌てて真っ赤なスポーツカーに乗り込むと、逃げるようにその場を後にした。
車が見えなくなると、葉月は思わずクスッと笑った。
「逃げ足だけは、早いのね」
「意外と小心者?」
「そうかも。それに、あんな真っ赤で派手なスポーツカーには、絶対に乗りたくないわ」
「ハハッ、俺もだよ」
「実は千尋も赤いスポーツカーに乗っているんだけど、彼女の方が全然似合ってるわ」
「千尋さん、やるなぁ……」
思わず葉月は、クスッと笑う。
賢太郎の強い口調は、いつの間にかいつもの甘いソフトな声色に戻っていた。
「あんなに力強く話すあなたを見たのは、初めてだわ」
「そう?」
「でも、助かったわ。ありがとう」
「間一髪でよかったよ。でも、なんであいつはここにいたの?」
「偶然うちの支社に来て、バッタリ会っちゃったの」
「それは嫌な偶然だな」
「うん。え? でも、桐生さんはなぜここへ?」
「看病してもらったお礼に、迎えにきた。ついでに、葉月とお茶でもして帰ろうかなと思ってさ」
「お茶?」
「航太郎が帰るまでの隙間時間に、ちょこっとデートできるだろう?」
葉月は『デート』というフレーズにドキッとした。
それと同時に、航太郎の帰る時間を気にしてくれていることにも感動していた。
「いいわね! じゃあオススメのカフェを教えてあげる」
「いいねぇ」
賢太郎は穏やかに微笑むと、車の方へ歩き始めたので、葉月はその後ろを楽しそうに着いて行った。
コメント
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賢太郎様の一直線な愛❤️素敵です 鉄道写真家なだけあって線路みたく真っ直ぐで良いです この後の隙間デートも楽しみです😊 葉月ちゃん そろそろ賢太郎様に応えようよ❣️
もうお試しじゃない、本当の恋人同士ですね。
へプラーありかもと言った自分を消したい…笑 コレは無いわー 賢ちゃんのいいとこばかり浮き彫にしに来たのよね、へプラー