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その日の帰り道、サベリオはわざと遠回りをした。
橋から少し離れた夜道は、昼より静かだ。コンビニの明かりも、信号待ちの車も、どこか別の町の景色みたいに見える。足を止めたのは、夜間診療所の自動ドアの前だった。
呼ばれたわけではない。
ただ、サラのところなら、今の顔を見られても面倒な慰めをされない気がした。
受付の奥で書類を揃えていたサラは、顔を上げるとすぐ椅子を一つ出した。
「熱はなさそう」
「客を病人扱いするな」
「顔色が、だいたい相談の人だから」
サベリオは座った。診療所の待合は夜になると静かで、壁の時計の音までよく聞こえる。深い時計ほど重くはないが、それでも秒針はきちんと前へ進んでいた。
サラは湯気の立つ紙コップを置く。
「何があったの」
「別に」
「その『別に』の時は、別にじゃない」
デシアと似たことを言う人だ、とサベリオは思った。
結局、主役の話になったことだけを短く話す。昔の事故のことまでは言わなかったが、サラにはその手前までで十分だったらしい。
「断ったのね」
「断るだろ、普通」
「普通って便利な言葉」
サラは紙コップの位置を少し直した。
「怖いなら怖いでいいの。でも、逃げた方が楽だと思ってるなら、たぶん逆」
サベリオは眉をひそめる。
「楽だろ」
「その場ではね。けど傷って、走って逃げると乾かないの」
待合室の小さな時計が、こち、と鳴る。
サラは穏やかな声のまま続けた。
「ずっと擦れるから。服にも、風にも、昔の言葉にも」
サベリオは返せなかった。
事故の夜からこっち、自分は前へ出ることだけ避けてきた。裏へ回れば失敗しない。そう思っていた。けれど本当は、失敗の形を見ないようにしていただけかもしれない。
サラは少し笑う。
「無理に受けろとは言わない。でも、できるわけないって決めるの、早い」
「みんなそうやって簡単に言う」
「簡単じゃないから言うのよ」
診療所の外で、自転車のベルが一度鳴った。
サベリオは紙コップを握りしめる。温かさが掌に残る。
帰る頃には答えが出ると思っていたのに、余計に胸の中が騒がしくなっていた。
扉の前で靴を履きながら、サラが背中へ言う。
「逃げるなら、せめて自分が何から逃げてるか見てからにして」
その言葉は、夜風よりも冷たく、でも不思議と残った。
#劇団再生