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翌日、シェルターの入口には折り畳み椅子が山になっていた。
いや、山と言うほど多くはない。けれど昨日まで何もなかった場所に十脚以上も並んでいれば、十分に景色が変わる。
その横で、ハルティナが額の汗を拭いていた。
「運ぶの手伝ってくれた先輩が、三回文句言いました」
「三回で済んだの」
ホレが驚く。
「四回目を言いそうになったところで、ジュースで黙ってもらいました」
頼り方がうまい。
サベリオがそう思っていると、モルリがもう口に出していた。
「助け求めるの、上手すぎる」
ハルティナは胸を張る。
「一人で頑張るより、早いから」
言い切れるのがすごい。シェルターにいる大人たちは、少しだけ言葉に詰まった。頼ることが苦手な人間ほど、そういう真っ直ぐさに弱い。
ハルティナは椅子を一脚開いて見せた。
「放送部の倉庫に余ってた分です。トゥラン先輩が鍵を借りてくれて」
「トゥラン?」
デシアが聞き返す。
「生徒会長。声の通りがすごい人。今度、見に来たいって」
モルリがにやりとする。
「若い戦力、きた」
「戦力って言い方だと逃げられるよ」
ホレが釘を刺す。
そこへ、石段の上からよく通る声が降ってきた。
「逃げませんよ、たぶん!」
全員が見上げる。
橋の光を背にして、背の高い女子生徒が片手を振っていた。制服の着こなしはきっちりしているのに、笑うと急に親しみやすい。彼女がトゥランらしい。
「たぶん?」
ヌバーが笑う。
トゥランは石段を下りてくると、椅子の列を見回した。
「面白いことやるって聞きました。なら、人数が多い方がいいでしょう」
「面白いこと、まだ何も始まってないけど」
モルリが言うと、トゥランは即答した。
「始まる前の空気、もう面白いです」
その言葉に、ヌバーが妙に感動した顔をする。
「君、司会の才能あるね?」
「ありません。まとめ役は得意です」
橋の上から風が吹き込み、積んだ椅子の一つがかたんと鳴った。ハルティナが慌てて押さえる。
サベリオは、その音と一緒に、シェルターの景色が少しずつ変わっていくのを感じていた。
笑われ者の集まりだったはずなのに、知らないうちに人が増えている。
誰かが椅子を運び、誰かが鍵を借り、誰かが勝手に来ると言い出す。そうやって場所は少しずつ息を取り戻す。
デシアはトゥランへ一礼した。
「ありがとう。まだ何も決まっていないのに」
「決まってなくても来ます」
トゥランは笑った。
「決まってない時が一番、叫びたくなるんで」
その言葉に、ハルティナが「それです」と身を乗り出す。
「橋の上って、すごく声が響くじゃないですか。あそこで何かできないかなって、前から思ってて」
サベリオはふと、数年前の夜を思い出しかけた。
だが今、目の前にいる二人の高校生の顔は明るい。過去に引っ張られるだけではなく、未来の方から場所を見ている目だった。
トゥランが最後の椅子を開き、舞台を眺めるように言う。
「ここ、まだ広がりますよ」
その声を聞いた瞬間、サベリオの中で何かが静かに動いた。
できるわけない、と言い切るには、人が増えすぎていた。