翌朝、華子はきちんと起きてカフェへ出勤した。
この日も陸が店の前まで送ってくれた。
陸は華子を降ろすと、すぐにその場を走り去って行った。
(事務所があるって言っていたけれど、どこにあるんだろう?)
そう思いながら、華子はロッカールームでエプロンを着ける。
そしてフロアへ行くと、昨日は休日だった店長の中澤がいた。
「おはようございます」
「あ、三船さんおはようございます。昨日は大丈夫でしたか?」
「はい」
「それは良かった。今日はパートの野村さんがお休みだから、こちらの加瀬さんに色々聞きながらやって下さいね」
中澤はそう言って隣の女性を華子へ紹介した。
「加瀬です。よろしくお願いします」
「三船です。よろしくお願いします」
華子は加瀬に向かって軽く会釈をした。
しかし、加瀬は華子と目も合わせずに少し顎を上げてそっぽを向いた。
(ん? 人見知り? それとも…)
華子は嫌な予感がした。
店長の中澤が華子に紹介したのは、加瀬美咲・29歳。この店でのアルバイト歴はかなり長い。
美咲はとてもスタイルの良い綺麗な女性だった。
美しいストレートの黒髪はアップにしていてうなじの辺りに色気が漂っている。
肌の色は透き通るように白く、きっちりしたアイメイクが切れ長の目を強く印象付けていた。
服装は、黒い細身のパンツにパリッと糊の効いた白ブラウスを衿を立てて着ている。
その上にエプロンをつけた姿は、いかにも『バリスタ』と言った雰囲気でとてもサマになっている。
(彼女はきっと自分が美人だという事を自覚しているわね)
華子はそう思いながら、先程の美咲の態度を思い返した。
彼女を見ているとつい銀座のクラブ時代を思い出してしまう。
銀座の店には美咲のようにプライドが高く気の強い女が沢山いた。
同年代の女が集まるといさかいが絶えない。
互いの美しさを競い合い、店に来る上客を奪い合う。
そして、常にマウントを取り合い、少しでも相手に弱みを見せればすぐに蹴落とされる。
今思い返しても恐ろしい世界だ。
そんな場所からはやっと解放されたと思っていたのに、美咲を見て嫌な予感に襲われる。
(プライドの高い女はやっかいだわ…)
そこで華子はハッとした。
(私もそうだったんじゃない? きっと私もそういう風に見られていたのよ。だってこれまでの私はいつもツンとすましてかな
り感じの悪い女だったはず…)
その時華子は初めて自分の事を客観的に見たような気がした。
そして思わず笑いそうになる。
(あんたも相当嫌な女だったはずよ。だから義理の妹の栞ちゃんはいつも私を避けていたんだわ。そして重森も去って行ったの
よ。フフッ、つまりこうなったのは全部自分のせいだったって訳!)
華子は素直にそう認めた。
なぜだかわからないが今は素直にそう思えた。
その時の華子は憑き物が取れたような顔をしていた。
今までのツンとお高くとまった華子はすっかり影を潜め、穏やかで柔らかな表情へと変わっていた。
変わったのは表情だけではない。
心が一気に軽くなったような気がした。
素直になった事で、心の中の曇りが一気に晴れたような気がした。
華子は笑顔を浮かべると、フーッと深呼吸をしてから朝の仕事を開始した。
この日は日曜日だったので、店がオープンすると同時にモーニングの客で混雑した。
店長がドリンク作り、美咲がレジを打つ。
華子はいつもの雑用をしながらちらりと美咲を観察する。
すると、美咲は笑顔を振りまきながら客の注文を受けていた。
華子には決して向けない最高の笑顔だ。
(やっぱり人見知りじゃなくて私に対してだけああなんだわ)
実は華子は気づいていた。
それは、時々美咲が華子の事をチェックしているのを。
美咲は時折、華子を品定めするような視線を向けてくる。
もちろん華子は気づかないふりをしていたが…。
(ここは銀座のクラブみたいに客の取り合いやノルマは一切ないので、気にする事ないか!)
華子は自分があまりにも神経過敏になっていた事を反省する。
そして美咲の事を気にしないようにしようと決めた。
朝の混雑が一段落すると、スタッフも漸く一息つけるようになった。
店長の中澤が奥へ行った時、美咲が華子に言った。
「じゃあ、私先に休憩を取らせてもらうわね」
美咲は、自分が先輩なんだから当然といった様子でドリンクを持ってサッサと休憩室へ向かった。
思わず華子はポカンとする。
ここで働き始めて三日目だが、野村も大木もいつも華子に先に休憩に行くようにと言ってくれた。
働き始めてまだ間もないので、疲れているだろうと配慮してくれての事だ。
しかし、美咲はさっさと休憩へ行ってしまった。
(まあいいわ、まだそんなに疲れてないし)
華子はそう思いながらレジへ立つと、入って来た客のオーダーを聞き始めた。
そこへ店長の中澤が戻って来た。
「あれ? 加瀬さんは?」
「あ、休憩に行きました」
「もう行っちゃったのかぁ…」
店長は呆れた様子で呟くと、
「三船さん、レジでわからない事があったらすぐに言って下さいね」
「ありがとうございます」
華子はそう答えると、客への応対を続けた。
コメント
3件
華ちゃん頑張りを皆んな見てるから大丈夫🙆♀️少しずつ自分を取り戻そう!
陸さんや 周囲の人々との関わりの中で、自分を冷静に見つめ直し 少しずつ変わりはじめている華子チャン✨ 角が取れ、素直になりはじめた彼女を見守る陸さんも嬉しそうですね....🥰💞 陸さんや 他の皆さんが 目標を見つけ 再出発したように、華子チャンにも 自分の好きなことや 目標が見つかりますように....🍀✨
人のフリ見て我がフリ直す、ですね。華子も美咲を見て対自分に被ることに気づいたら付き物が落ちるなんてスゴイ❣️としか言いようがない😊 母親や自分のせいにしても非を認めることで気持ちが楽になったね、良かったね華子😊🌸仕事で 気になることはオーナーの陸さんにも話そうね❣️