テラーノベル
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教室には、柔らかなざわめきが流れていた。女子たちの笑い声は甘く、けれど棘を忍ばせた鞭のように、遥の皮膚を打った。
「遥くん、今日も元気だねぇ」
「ほんと、えらいよねー。毎日ちゃんと来るんだもん」
制服のタイを引きずられる。
急に差し出されたペン先が、ふくらはぎに突き立つ。
「痛い? あ、ゴメン……突いちゃった」
「男の子なのに、声も出さないんだ。えら〜い」
──いつも通りの、演技で凌ぐ遥。
涼しい顔で笑う。
されるがまま、表情ひとつ崩さず、受け流す。
女子たちのうち数人は、はっきり“蓮司が好き”だった。
「遥はおもちゃ。自分たちの方が上」と思い込んでいる限り、遥は壊されない。
……その、バランスが。
バタン。
教室のドアが静かに開いた。
「へぇ──楽しそうなことしてんじゃん」
蓮司が立っていた。
ポケットに手を突っ込み、だらけた笑みを浮かべながら。
「……おいで、遥。おまえ、オレのでしょ?」
空気が、一瞬で凍った。
女子たちの手が、無意識に離れる。
まるで“触れてはいけないもの”を掴んでいたかのように。
「……え? なに、“彼氏設定”まだ続いてんの?」
ひとりが、必死に笑いに変えようとする。
「え、嘘でしょ? ……あんた、冗談きかないタイプ?」
蓮司は無視した。
代わりに、遥の席に近づき、しゃがみ込む。
「……昨日、ちゃんと薬飲んだ?」
まるで“彼氏”のように。
いや、誰もが見ている前で、演技とは思えないほど自然に、近すぎる距離で。
遥は一瞬、首をすくめた。
それでも、笑った。いつも通りの「壊れない自分」の仮面で。
だが──
蓮司の指が、遥の顎を掴んで持ち上げた。
「……笑ってる場合?」
声が低い。
それだけで、女子たちは誰もが喋れなくなる。
「この前、おまえに痣つけた奴、誰?」
遥は、答えない。
「言わなくていいよ。……その代わり、“これ”だけ見せといて」
蓮司は、遥の首元に顔を寄せ、耳元に唇を落とした。
──見せつけるように。
「“おまえは俺のだ”って、もう一度証明しとこうか」
教室が静まり返る。
ざわめきも、嘲笑も、すべてが止まる。
蓮司はそれ以上何も言わず、遥の手を引いて立ち上がらせた。
そして、そのまま連れて行こうとする。
誰も止めない。
止められない。
女たちは、遥を「下」と思っていた。
でも、
「蓮司にとって本当に特別なのは誰か」を突きつけられた瞬間、自分たちが“蚊帳の外”だったことに気づいてしまった。
残酷に。明確に。
見せつける形で。
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