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誰かが机を蹴った。脚が軋み、鈍い音が床に響く。 その音に、遥の肩がぴくりと跳ねた。
「──ああ、ごめん、びびった?」
からかうような声が飛ぶ。だが、それに続く笑い声は、ほんのわずかに濁っていた。 空気がどこか、妙だった。
「さっき、なんて言ったっけ。……『やれるもんならやってみろ』?」
言葉を繰り返すその声に、わずかな揺れがあった。真似ているのではなく、噛みしめるように、何かを確かめるようにしていた。
「マジで言ったの? 本気で?」
別の生徒が、笑っているふりをしながら訊いた。笑いは口元にだけ貼り付いていて、目は虚ろだ。
遥は何も答えない。ただ、目を細めてその空間の空気を読んでいた。 この沈黙が、以前とは違うことを、肌で感じていた。
「なんかさ……やりすぎじゃね?」 「……え? 今さら?」
小さな声が、どこからともなく漏れた。口にした本人も、自分の言葉に驚いたようだった。
「え、なに? お前、あいつの味方すんの?」 「ち、ちげーよ。ただ……なんか、雰囲気、前と違くね?」
わずかな裂け目が生まれた。
それは遥の「声」によるものだった。 恐怖に震える叫びでも、悲鳴でも、涙声でもない。 あくまで意志を込めた、低く、研ぎ澄まされたひと言。
「……やれるもんなら、やってみろよ」
それが、「予定された壊れ方」ではなかったからこそ──周囲の空気が、どこかで引っかかっていた。
だが、それを打ち消すように、ひとりの男が舌打ちした。
「何、迷ってんの? やるって決めたんだから、最後までやれよ」 「そ。中途半端に同情するのが一番ウザい」
声がぶつかり合い、空気は元の形に戻りかける。 だが、ほんの一瞬でもひるんだその“ズレ”は、確実にそこに存在していた。
遥はそれを、目の端で捉えていた。
(……わかってる。勝てるなんて思ってない。ただ、壊れるまで、ただの人形みたいに扱われるのは──)
嫌だった。
だから、次の言葉を放つ前に、遥は深く息を吸った。
「おまえらが何人いようが、オレは、おまえらのオモチャじゃねぇから」
乾いた笑いがまた起こる。だがその中心にいる者ほど、その言葉の“余韻”を気にしていた。 揺らぎは、確かに広がりつつあった。
それでも暴力は止まない。 誰かが、遥の腕を強く掴む。 もう一人が、後ろから足を引っかけるようにして、体勢を崩させる。
だが遥は、転ばなかった。 踏みとどまった脚に力が入り、その目は、真正面を睨んでいた。
その目を見て、ひとりが、僅かに言葉を呑んだ。
その反応すら、遥は見逃さなかった。
(まだだ。まだ──声は、届く)