テラーノベル
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昼休み。教室の時計が、どこか遠くで誰かの命令を待つような音を刻んでいた。
静寂ではなかった。だが、音のある無音──誰もが見ていながら、誰ひとり目を合わせない空気の中で、遥の席は、再び「舞台」に変わる。
「なあ、ちょっとだけ。すぐ終わるって」
声をかけたのは、普段はあまり前に出てこない男子生徒だった。だがその背後には、いつもの常連たちが、まるで彼の“支援者”であるかのように控えていた。
教室の隅、カーテンで仕切られた場所──その布一枚を隔てただけの“密室”へと、遥は押し込まれる。逃げようと思えば逃げられたはずだ。けれど、それをしなかったのは、あるいは……できなかったのは、自分自身への怒りのせいだったのかもしれない。
誰かが椅子を蹴る音がした。 つづいて、机が引きずられ、カーテンが閉められる。
「いつもと違うの、って言ってたよな」
低い声。誰かがポケットから取り出した小道具が、手の中で軽く鳴る。プラスチック製の何か──輪ゴムではない。もっと固く、細く、肌を裂きやすい素材だった。
「今日は“記録日”だってさ。ちょっとは、良い声、出してくれよ?」
言葉は笑っていた。けれど、その手つきは冷たい。制服のボタンがひとつ、ふたつと外される。
「……やめろ。おまえら……マジで、今度こそ……」
遥は言葉を紡ごうとした。だが、その瞬間、頬を殴られた。乾いた音がした。
「今度こそ何? 誰かに言うの?」
誰かが囁くように笑う。肩を押しつけられ、壁に背中を打ちつけられる。教室の中とは思えないほど、狭く、息苦しい。
指が肌を這う。ペン先のようなもので、手の甲をなぞられた。
「震えてる? ……違う、泣きそうなだけか」
録音が始まっていた。スマートフォンが口元に近づけられる。
「ほら、今日も“演って”くれるよな? 昨日のよりさ、ちょっと……深めに頼む」
「……やめて、って言ってんだろ……」
掠れた声。だが、それはもう十分な「素材」だった。
「お、出た。これ、保存。あとで共有な」
周囲の笑いが弾けた。
その瞬間、何かが変わった。
遥が、笑わなかった。 泣かなかった。 ただ、真正面から、ひとりを睨んだ。
「──おまえ、今日が終わらないと思ってんのか」
静かだった。だが、その声には、火花のような何かが潜んでいた。
「……は?」
生徒が、一瞬だけたじろぐ。周囲が、ざわめきを飲み込む。
「何だよ、その顔。演技?」 「いや、ちが……ちがくね? マジで……」
カーテンの向こう側で、教室の空気が明らかに変質していた。
それは、「予定された地獄」の外に、はみ出しつつある兆しだった。
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