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ドアを開けた瞬間、ため息が先に入ってきた。
「はいはい。今日はその顔か」
「顔で判断するな」
「判断しやすい顔してる」
蓮司は椅子を引かず、顎だけで向かいを示す。
相談者は文句を言いながら座った。
「なあ」
「うん」
「俺、たぶん――何者にもなれてない」
「“たぶん”付けるあたりがリアル」
「そこ拾うな」
軽口の応酬。でも、相談者はすぐ言葉を切った。
「周りがさ。
ちゃんと“肩書き”持ち始めてる感じするんだよ」
「高校生にしては早いな」
「笑うな。
部活のエースとか、推薦狙いとか、
“あいつはこれ”ってやつ」
指で空中をなぞる。
「俺だけ、説明文が空白」
「空白は嫌われがち」
「だろ」
一瞬の沈黙。
蓮司はペンを回しながら言った。
「で、焦る」
「……焦る」
「で、焦ってる自分もダサい」
「……それ」
相談者は苦笑した。
「別に、何もしてないわけじゃない。
やってる。やってるんだけど」
「“足りない感”だけ残る」
「そう。
結果がないと、存在まで薄くなる感じ」
言葉にした瞬間、空気が少し重くなる。
「なあ蓮司」
「何」
「俺、
“今のままの自分でいい”って言われるの、結構きつい」
「ほう」
「それってさ、
“これ以上期待してない”って聞こえる時ある」
蓮司は少しだけ目を細めた。
「……鋭いとこ突くな」
「冗談じゃない」
「分かってる」
ペンを置く。
「でもな。
“何者にもなれてない”って感覚、
それ自体が、もう途中にいる証拠だ」
「途中って言葉、便利すぎない?」
「完成してるやつは、こんなことで悩まない」
「でも途中が長すぎる」
「そこは同意」
蓮司は軽く肩をすくめる。
「結果がないと自分を信じられないの、
割と真面目に生きてきた証拠だ」
「褒めてる?」
「半分」
「半分か」
相談者は天井を見上げた。
「さ。
何者かになれない自分を、
誰にも見せたくない時がある」
「自分が一番見たくないからな」
「……うん」
声が少し低くなる。
「でもな」
蓮司は椅子を前に倒した。
「“何者か”って、
だいたい後付けだ」
「後付け?」
「あとから他人が勝手に貼るラベル」
「それ待ってたら一生空白じゃん」
「だから空白のまま動くんだろ」
相談者は黙った。
「無地の時期が一番、
殴られやすいし、不安定だ」
「慰めにならない」
「でも嘘じゃない」
少し間を置いて。
「今、何者にもなれてないって言えるのは、
まだ“諦めてない”からだ」
「……」
「本当に終わったやつは、
そんな言葉すら出てこない」
相談者は深く息を吐いた。
「……ズルい言い方」
「褒めてる」
「二回目」
立ち上がり、鞄を持つ。
「なあ」
「ん」
「無地のままでも、
ここ来ていい?」
「むしろ無地専用席」
「じゃあ、また来る」
ドアを閉める前、少しだけ振り返る。
「……途中って、しんどいな」
「一番しんどい」
蓮司は即答した。
「でも、途中でしか見えない景色もある」
「綺麗?」
「どうだろ。
少なくとも、誤魔化しは効かない」
相談者は小さく笑って、今度こそ出ていった。
無地の時間は、
何者にもなれていないんじゃない。
何者にでもなり得る状態で、
ただ、殴られ続けているだけだ。