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ああ、もう……切なすぎます……。朝方のベッドで彼の寝顔を見ながら、自分に「もう会えない」と言い聞かせて一人で去っていくのが、胸にグッときました。特に「蹂躙される抱き方をされても……やっぱり私……夏樹さんが好きだった」の一文が、夜の記憶と現実の狭間で揺れる彼女の心をすごく鮮やかに描いていて……。最後の「さよなら」が、ただの別れじゃなくて、彼女の長い恋心への決別にも思えて、切なくて何度も反芻してしまいました。
なかなか寝付けず、ウトウトとしていた私は、これ以上眠れないと思い、夏樹さんを起こさないように、筋張った腕からそっとすり抜けた。
外はまだ暗いけど、そろそろ日の出の時刻を迎えるのか空は深い青に染まり、早朝の根元の部分は微かにグラデーションを描いている。
彼をチラリと伺うと、穏やかな表情で気持ち良さそうに寝息を立てていた。
夏樹さんに抱きしめられながら、身体を結びつけた状態で眠ってしまったような気がするけど、寝ている時に、彼の屹立が私から抜けたのかもしれない。
ベッドから離れ、身支度を整えた私は、泥のように深い眠りに堕ちている夏樹さんを見下ろす。
バッグからスマートフォンを引っ張り出し、時刻を確認すると、もうすぐ五時になろうとしていた。
八年振りに好きだった男の人に再会し、夏樹さんが既婚者だというのを分かっていて抱かれた。
彼の腕の中で、自分が女だった事に気付かされたけど、どんなに私が夏樹さんに想いを寄せても、彼が離婚しない限り、未来なんてない。
奥様とは別居してるらしいけれど、家庭崩壊させるつもりもないし、自分が如何わしい行為をしていた事は、重々承知の上だ。
八年振りに交わした一夜の艶事は、私を虚しい現実へと直視させざるをえない。
罪を……犯してしまったのだ。
──自分の軽率な想いと淫情に負けて。
せめてもう一度だけ、彼に触れたいと思ってしまった私は、ベッドに近付き、引き締まった頬を指先でなぞると、彼は微動だにしないまま眠り続けている。
安心し切ったような寝顔の夏樹さんを横目に、私はメッセージアプリを起動させ、指先で文字を打とうとした。
なぜだろう……。指先が震えて…………タップが上手くできない。
──蹂躙される抱き方をされても……やっぱり私……夏樹さんが好きだった……。
この情事を最後に、もう彼に会う事はないだろう。
そう思うと、視界が少しずつ滲んでいき、熱を孕んだ雫が頬を伝い落ちる。
小さく吐息を零した後、夏樹さんにひと言だけ伝えた。
『夏樹さん、素敵な一夜をありがとう』
虚無感に揉まれながらも、送信ボタンをタップすると、遠くで篭ったような振動音が低く唸った。
ローテーブルの上に、部屋代として一万円札を乗せ、私は指先で涙を掬い取ると、足音を立てないように部屋の出入口へ向かい、眠っている夏樹さんを残してラブホテルを後にした。
夜の名残りを仄かに湛えている山下公園を、気だるい身体を引きずるように、ぼんやりと歩く。
夏樹さんと一晩で五度もセックスしたせいか、身体中が軋むように痛い。
目の前に広がる海は穏やかで、微かな潮の香りが私の鼻腔にそっと絡み付く。
今から帰宅すれば、少しは眠れるだろう。
──さよなら……夏樹さん……。
私は、昨夜の出来事を振り切るように、足早に関内駅へ足を運んだ。
***