テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
261
コメント
1件
え、すごく良かった……。「分からないままでいい」って言葉、こんなに深く響くんだって思いました。特に「楽」の意味が人それぞれ違うって気づくシーン、すごく好きです。同じ「楽」なのに、真瀬さんとの静かな楽と、直哉との「頑張らなくていい楽」が全然違ってて、ナナさんの繊細な感覚が伝わってきました。高槻さんの「内緒」って返しも、なんかグッときました。答えを急がない、温かい距離感のあるお話ですね🌷
「分からないままでも、いいと思いますよ」
三崎さんにそう言われてから、私はしばらくその言葉を引きずっていた。
分からないままでいい。
その言葉は、思っていたよりずっと楽だった。
私はいつも、答えを探してしまう。
誰に会いたいのか。
誰といると楽なのか。
誰に何を言われると嬉しいのか。
誰の前だと緊張するのか。
そういうものを一つずつ並べていけば、最後には自分の気持ちが分かると思っていた。
でも、実際にはそんなに簡単じゃない。
誰かといる時の私は、全部同じじゃない。
真瀬さんの前では、言葉が少なくても気になってしまう。
高槻さんといる時は、笑っていられる。
三崎さんの前では、自分でも隠していることを見つけられる。
そして直哉といる時は、何も考えなくていい。
それぞれ違う。
だから、どれが一番なのかなんて、今すぐ決められるものじゃない。
「ナナちゃん」
高槻さんの声で顔を上げた。
「ぼーっとしてた?」
「少しだけ」
「珍しい」
「昨日も言われました」
「誰に?」
「三崎さん」
「ああ」
高槻さんは少し笑った。
「三崎さん、そういうのよく見てるからね」
「高槻さんも見てるじゃないですか」
「俺?」
「昨日も、今日も」
「そりゃ見るよ」
軽く返される。
いつもの調子だった。
なのに、そのあと少しだけ声が低くなった。
「ナナちゃんのこと、結構見てるし」
私は返事をしなかった。
冗談なのか、本気なのか。
高槻さんは、そういう境目を曖昧にするのが上手い。
「……またそういうこと言う」
「何?」
「分かんないです」
「じゃあ、分からないままでいいじゃん」
昨日と同じような言葉。
私は思わず笑った。
「高槻さんまで」
「三崎さんの真似」
「全然違いますよ」
「そう?」
「全然」
高槻さんは笑った。
それで終わると思った。
けれど、少ししてから、
「でもさ」
と言った。
「分からないって、結構便利だよね」
「便利?」
「決めなくていいから」
その言葉に、私は少しだけ黙った。
確かにそうかもしれない。
決めなければ、失わなくて済む。
誰かを選ばなければ、誰かを選ばなかったことにもならない。
私は今まで、そうやって曖昧なところにいたのかもしれない。
「ナナちゃんはさ」
「はい」
「誰といる時が一番楽?」
今度は、冗談ではなかった。
私はすぐに答えられなかった。
頭の中に、四人の顔が浮かぶ。
真瀬さん。
高槻さん。
三崎さん。
直哉。
でも、そこで初めて気づいた。
私は「楽」という言葉を、同じ意味で使っていない。
真瀬さんといる時の楽は、余計なことを言わなくていいこと。
高槻さんといる時の楽は、考えすぎなくていいこと。
三崎さんといる時の楽は、隠していることを全部説明しなくても、少しだけ分かってもらえること。
直哉といる時の楽は、
そもそも「楽でいよう」としなくていいこと。
同じ「楽」なのに、全然違う。
「……分かんないです」
私はそう答えた。
高槻さんは笑わなかった。
「そっか」
それだけだった。
責めるわけでもない。
答えを急かすわけでもない。
その反応が、少し意外だった。
「高槻さんは?」
「俺?」
「誰といる時が一番楽なんですか?」
「それ聞く?」
「聞きました」
「ナナちゃん、たまに大胆だよね」
「そうですか?」
「そう」
高槻さんは少し考えるふりをしてから、
「内緒」
と言った。
「ずるい」
「お互い様」
私は笑った。
でも、笑いながら思った。
こういうところが、私は高槻さんといると楽なのだ。
答えなくてもいい。
聞いても、答えなくてもいい。
それでも会話は続く。
その気楽さは、確かに好きだった。
ただ、
それが恋なのかと聞かれたら、
私はまだ分からない。
その日の帰り。
スマホを見ると、直哉からメッセージが来ていた。
『行きたいところとかある?』
私は立ち止まった。
遠くまで行く。
そう言われた時は嬉しかった。
でも、行きたい場所を聞かれると、急に考えてしまう。
どこがいいだろう。
何をしたら楽しいだろう。
しばらく考えて、
『特に決めてない』
と送った。
すぐに返事が来る。
『じゃあ、適当に決めよう』
私はその画面を見て、また笑った。
適当。
その言葉が、妙に心地よかった。
店では、何をするにも理由がある。
誰と話すのか。
どれくらい座るのか。
何を話すのか。
どこまで近づくのか。
全部に意味がある。
でも直哉といる時は、
「適当に決める」
でいい。
私はスマホをしまった。
歩き出してから、ふと思う。
真瀬さんに会いたいと思う時と、
直哉に会いたいと思う時は、
同じ「会いたい」じゃない。
高槻さんと話したいと思う時とも、
三崎さんに話を聞いてほしいと思う時とも違う。
それなら私は、
誰が一番好きなのかを考える前に、
私は誰に、何を求めているんだろう。
そこから考えた方がいいのかもしれない。
でも今はまだ、
その答えも分からない。
分からない。
それでも、不思議と嫌じゃなかった。