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薄暗い部屋。窓は半分開いていて、外の空気が重く滲んでいた。
蓮司の部屋は静かすぎて、耳の奥で心臓の音が響いていた。
──喉の奥で、何かがつかえていた。
蓮司が、ベッドに背をもたせて煙草に火を点けた。
シャツのボタンは半分以上開いていて、指先で首元を無造作に掻いている。
目は笑っていない。ただ、面白そうに遥を見ていた。
「……女子、傷ついてるってさ」
ようやく、遥が口を開いた。
声は平坦だった。抑えようとしたが、どこかで滲んだ自嘲が漏れていた。
「俺が、おまえと“付き合ってる”って、噂になってから。
あいつら、余計に……」
蓮司は煙を吐いて、少し間を置いてから首をかしげた。
「で?」
それだけだった。
期待も、怒りも、同情も──何ひとつ乗っていない声。
遥は視線を落としたまま、手の甲を握りしめていた。
舌が重い。けど、引き返すにはもう遅い。
「……あいつら、俺が“勝った”みたいな顔すんのも、嫌なんだろ。
でも、やめたら……それ、正しかったって認めることになるし……」
蓮司は笑いもせず、ただ煙草の火を指先で弾いた。
音が、やけに乾いて響いた。
「なるほど。やめる理由が“女子がかわいそう”で、やめない理由が“勝ち負け”ってわけだ」
「──違う。別にそんなつもりじゃ……」
「そうだよね。ホントは、あれでしょ」
蓮司が、遥の首に手を伸ばす。
指先が喉仏の下をなぞった。
「“日下部に見られた”のが、引っかかってる」
──全身が、硬直した。
なにも言えなかった。いや、何かを言えば崩れそうだった。
蓮司はゆっくりと身体を預けてくる。
手はいつの間にか遥のシャツの裾に滑り込み、背中を撫でた。
「嘘ついたのおまえだろ。
“俺の彼氏です”──あれ、最高に笑った。沙耶香にも話したけど、あいつマジで喜んでたよ」
蓮司の声は相変わらず穏やかだった。
けれど、遥の中では何かが削れる音がした。
「……おまえが、日下部を意識して嘘つくなんてなあ。
やっぱ、あいつだけは別なんだ?」
遥は何も返さなかった。
黙って目を閉じた。
シャツのボタンがひとつずつ外れていく。
蓮司の指が冷たくて、熱かった。
「でも、さ──」
蓮司の声が、喉元に落ちてくる。
「“彼氏ごっこ”で済むと思ってた?
付き合ってるって言っちゃったんだし。……ほら、“責任”取らなきゃ」
遥は微かに首を振った。拒絶の意味じゃない。
ただ、何かが壊れていく音が、自分の内側で鳴っていた。
──演技すら、もう保てない。
笑うふりも、抵抗するふりも、全部。
蓮司の唇が、耳元に落ちる。
「もっと、深くまで演じてみなよ。“彼氏”ってやつをさ」
遥の喉が、ひくりと震えた。
その夜、何度も、嘘の意味を問い直すように、蓮司の言葉が身体の奥へと突き刺さった。