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諒に促されるがまま、私は来客者用スペースに向かった。そこに止められた彼の車を目にして、私は戸惑った。
「あの、どうして、車に……?」
「あいつがいなくなるまで様子を見た方がいい。万が一部屋に押しかけられたりしたら面倒だろ」
「そ、そっか。それもそうね」
諒の説明に納得して、とりあえずの気持ちで、私は彼の車の助手席に乗り込んだ。そのガラス越しに将司の様子をうかがう。
彼はまだそこにいた。しばらくして、私が自分の元へ戻ることはないとようやく悟り、諦めたのか、ひどく重たげな足取りでのろのろと去って行った。
彼の姿が見えなくなって、私は安堵した。
「もう行ったみたい。私、部屋に戻るね」
「でも、その辺にまだいるかもしれないし、心配だからもう少し俺といろよ。あぁ、そう言えば、送ったメッセージは見てくれたか?飯、喰いに行かないか。腹、減ってるだろ?」
「でも……」
私は言葉を濁し、膝の上に目を落とした。将司に向かって言った諒の言葉の意味を、部屋で一人になってゆっくりと考えてみたかった。
諒は、私を気遣うかのように声を明るくして言う。
「な?行こうぜ」
諒はさらに私の顔をのぞき込んだ。
結局その目に負けて私は頷く。
「……うん、分かった」
「よし、じゃあ行くぞ」
諒はエンジンをかけて車を発進させた。
当てがあるのか、諒の運転はスムーズだ。
そんな彼の横顔を私は時折盗み見ながら、今の自分と彼との関係について考えていた。
今の私たちは幼なじみであることに加えて、偽りの恋人同士という複雑で曖昧な関係にある。
私にとって諒は、幼い子供の頃からずっと、心から信頼できる幼なじみの大好きなお兄ちゃんだった。大人になった今、その関係も気持ちも変わってはいない。その彼と体を交わしてしまうという、とんでもないハプニングがありはしたが、嫌いになりはしない。それどころか、あの夜以来、彼に対する気持ちに変化が生じていた。
私は諒を「男」として意識するようになっていた。彼のことを想うと胸がどきどきした。彼の肌の温もりを思い出しては、あの腕の中に再び閉じ込められたいと、実現するとは思えないその時を想像しては、胸を切なさでいっぱいにしていた。私は諒に恋をしてしまったのだ。
けれど、彼の本心が分からない。
彼は私に「恋人になってくれ」とは言わず、「恋人のふりをしてくれ」と言った。もしも、私を恋愛対象として見ていたのなら、そんな言い方はしないはずだ。つまり、あの夜私を抱いたのはやはり、男の本能によるものだったのだ。そして、あの後のそれまでと変わらない優しい態度は、これまでの延長線上にある、幼なじみとしてものにすぎないのだ。だから、何か食べさせてくれなどと言って、まるっきり平気な顔をして訪ねて来ることができたのだろう。帰り際のキスだって、「恋人役の一環」だと言っていたではないか。
これまでのことを振り返り、決めたのだ。今後も諒と穏やかな関係を続けていきたいのであれば、何事もなかったかのような顔をして、自分の気持ちは隠し続けていた方がいいのだと。
それなのに、将司に対峙した時、諒は私のことを「ずっと好きだった」と言った。
その言葉は私を混乱させ、心を激しく揺らした。
「着いたぞ」
自分の思いに沈み込んでいた私は、諒の声で我に返った。車を降りて彼の後に続く。
そこはログハウス風の建物だった。手前の看板に「カフェレストラン」と書かれている。
店に入って行った私たちを出迎えてくれた店員が、申し訳なさそうな顔をした。空いているのはカウンター席だけだと言う。
「どうする?」
「全然構わないよ」
諒に答えながら、私は内心ほっとしていた。カウンター席なら、彼の正面に座らなくていい。気持ちが揺れている今の私は、幼なじみとしての顔を、彼に見せていられる自信がない。
ところが諒ときたら、いつもと変わらない。あの日からずっと、私の心をかき乱している張本人のくせにと思うと憎らしく、苛々してきてしまう。
「食べたい物、なんでも注文していいぞ。俺のおごりだ」
諒は私の前にメニューを広げた。
本当なら、助けてもらった私が、礼として諒にご馳走するべきだと思う。けれど、私は彼の飄々とした態度に不愉快になっていた。その気持ちがつい、メニュー選びに表れてしまった。その中で最も高いステーキコースを指差す。
「これにする」
諒は目を瞬かせて、私とメニューを交互に見比べた。
「結構ボリュームあるみたいだけど、大丈夫なのか」
「食べきれなかったら、諒ちゃんが食べて」
「はいはい」
つんけんした口調で言う私に、諒は苦笑した。
結局全部は食べきれず、やっぱりねと諒に笑われてしまった。しかし、最後に運ばれて来たデザートのアイスはしっかりと味わう。
食事を終えた私たちは店を出て、車に向かった。各自席に腰を落ち着け、シートベルトを掛ける。
諒がエンジンかけながら、ふと思いついたように言う。
「ドライブしながら帰ろうか」
お腹が満たされたせいか、食事前の不愉快な気分はいつの間にかだいぶ薄れていた。
「諒ちゃんが疲れていないのなら、私は構わないけど」
「俺は大丈夫さ。夜景でも見に行くか。恋人同士らしくていいだろ?」
「ニセモノの恋人、だけどね」
私は厭味ったらしく応じた。
それを聞いた諒の顔に苦笑いが浮かんだ。
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