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その夜、花屋の裏口には、人数のわりに大きすぎる気配が集まっていた。
裏口会議、と呼ぶほど整ったものではない。段ボールをひっくり返した台の上に麦茶のポットがあり、アンネロスが差し入れた焼き菓子が缶に盛られ、誰かが持ってきた折りたたみ椅子が足りずに、何人かは植木鉢の空き箱に座っている。
けれど、花屋の再起をどうするかを話すには、こういう場所のほうが都合がよかった。
ノイシュタットが、なぜか裏返した伝票の束を持ち、司会のつもりで立ち上がる。
「諸君。今宵、私は極めてバカバカしく、しかし美しい案を提出する」
「最初に自分でバカバカしいって言うの珍しいね」
アンネロスが焼き菓子をかじりながら笑う。
「予防線です」
オブラスが冷たく言った。
ノイシュタットは気にせず続けた。
「嘘の実話祭りを、小さく復活させる」
「は?」
ハヤが真っ先に顔をしかめる。
「花屋を入口にして、商店街を回遊してもらう。花をきっかけに足を止めてもらい、話を聞いて、別の店へ行きたくなる導線を作る。大きな祭りじゃなくていい。最初は花屋の前、保管庫の前、それだけでいい」
「観光案内みたいなものですか?」
ジョンナが顎に手を当てる。
「もっと人の記憶に寄せる。売り文句ではなく、町の人間の話を餌にするんだよ」
餌、という言い方にハヤは眉をひそめたが、アンネロスは面白そうに目を細めた。
「たしかに、バカバカしい案ほど人は覚える」
「でしょう?」
「でも、覚えるのと買うのは別」
オブラスが紙に数字を書きつけながら言う。
「準備費、告知費、人手、商品構成。祭りという名前をつけるなら、最低でも見栄えがいる。採算が合わない可能性のほうが高い」
現実の音がして、場が少し静かになる。
そこへ、エフチキアがそっと手を挙げた。
「売れ残りの花、もっと小さく包めませんか」
「小さく?」
ハヤが聞き返す。
「一輪だけとか、二輪だけとか。高い花束じゃなくて、帰り道に買えるくらいの。話を聞いたあとに、誰かに渡したくなるようなもの」
「利益は薄い」
オブラスが反射で言う。
「でも、入口にはなる」
今度はハヤが口を開いていた。
皆の目が向く。自分でも驚いた。
祭りを復活させるなんて、大げさすぎると思う。町を立て直すなど、自分には関係ない話のはずだった。けれど、電子辞書の中の言葉と、帳場の数字と、昨夜の願いが、胸の中で勝手につながってしまう。
「大きな花束は、最初から必要ないかもしれません」
ハヤは言葉を選びながら続けた。
「一輪だけでも、買う理由があれば来る人はいる。店の前で少し足を止めてもらって、そのついでに別の店に寄ってもらえるなら、花屋だけの売上じゃなくても意味がある」
ノイシュタットが、驚いたように瞬きをした。
「今の発言、採録して額に入れたい」
「やめてください」
「でも、いい」
彼は珍しく真面目に頷いた。
「花屋が町の物語の入口になる。それだ」
ドゥシャンが勢いよく身を乗り出す。
「じゃあ俺、神社の話する! 山の守り神の話とか、落とし物が戻ってきた話とか!」
「盛りすぎるなよ」
マクスミリンが低く釘を刺す。
「本当を嘘っぽく、嘘を本当っぽく、だろ?」
「そこが一番危ない」
笑いが起きた。その笑いにまぎれて、ハヤはようやく息をつけた。
もちろん簡単ではない。むしろ面倒で、失敗しそうで、赤字もまだ消えていない。それでも、静かに閉める話だけをしていた昼より、夜の裏口のほうが幾分明るく思えた。
アンネロスが缶を差し出してくる。
「食べな。バカバカしい案は、空腹だとしぼむから」
焼き菓子は、ほんのり焦がし砂糖の匂いがした。
ハヤは一枚つまみ、噛んだ。甘さが、疲れた口に静かに広がる。
そのとき、ポケットの中の鍵が、かすかに脚へ当たった。
扉を開けたのは昨夜だ。けれど、何かが本当に動き始めたのは、たぶん今だった。