翌日、美宇は休日だった。
昨夜は絵美と遅くまで飲みながら話し、気分はだいぶスッキリしていた。
それでも、朔也のことが気になって仕方がない。
朝食の片付けをしながら、美宇はぼんやりと考え込んでいた。
(今日は二人でどこに行くんだろう?)
考え始めると止まらない。
積極的な亜子が朔也に猛アプローチするかもしれないと思うと、気が気じゃなかった。
「はぁ……考えても仕方ないわ。他のことに集中しなきゃ」
美宇は、昨夜絵美にもらったアドバイスを思い出し、目の前の現実に意識を向けることにした。
とりあえず、今日は家事を済ませ、買い物にでも行こう。
そう決めた美宇は、洗濯と掃除を一気に片付けた。
午後、買い物に出ようとアパートを出た美宇は、裏に住む大家の瀬川に声をかけられた。
「こんにちは。今日はいい天気ね」
「こんにちは、瀬川さん。本当、今日は風もなくて暖かいですね」
「今からお買い物?」
「はい。今日は休みなので、スーパーに行こうかと……」
そのとき、美宇は瀬川の手元に目を留めた。
彼女は赤や黄色のドライフラワーを持っていた。
「それは、ドライフラワーですか?」
「そうよ。お人形の材料なの」
「お人形?」
「趣味で作ってるのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。カントリードールって知ってる?」
「カントリードール?」
「ふふっ、今の若い人たちは知らないわね。よかったら見ていく?」
「え? いいんですか?」
「もちろん。どうぞ」
「じゃあ、少しだけ」
瀬川の人形に興味を持った美宇は、少しだけお邪魔することにした。
ペンションのような可愛らしい洋館の玄関を入ると、中は温かみのある洋風の空間だった。
壁にはパッチワークや手作りのリースが飾られ、優しい雰囲気が広がっている。
「わあ……素敵……」
「ありがとう。北海道は冬が長いから、自然と手作りの物が増えちゃってね……さ、どうぞ」
「お邪魔します」
美宇はレース付きのスリッパを履き、リビングへ案内された。
部屋に入ると、壁際のローボードの上には、たくさんの人形が並んでいた。
「わあ、可愛い……これがカントリードールですか?」
「そうよ。あ、今、お茶を淹れるわね」
「どうぞお構いなく! すぐに失礼しますから」
「そんなこと言わず、少しだけおしゃべりしましょうよ」
そう言って瀬川はキッチンでお茶の準備を始めた。
美宇は棚の上に並ぶ人形を、興味深げに一つずつ眺めていく。
麦わら帽子をかぶったそばかすの少女、三つ編みにエプロン姿の少女、眼鏡をかけたおばあさん、そして天使の人形もあった。
どれも優しくて愛らしい雰囲気で、細部まで丁寧に作られている。
(なんて可愛いの……細かいところまで本当に丁寧……素敵!)
美宇は感動しながら、すべての人形を見て回った。
そこへ、瀬川がお茶とどら焼きを持ってきてくれた。
「ソファに座ってちょうだい。お菓子、こんなものしかなくてごめんなさいね」
「わ! 私、どら焼き大好きなんです」
美宇は笑顔でそう答え、ソファに腰を下ろしてお茶を一口飲んだ。
そして瀬川に尋ねた。
「お人形作りは、いつ頃から始められたんですか?」
「40代の半ば頃かしら。 最近は針の穴が見えにくくて、お人形はあまり作らなくなっちゃったけど、余り布でコースターやランチョンマットなんかはこまめに作ってるの」
「あ、じゃあ、このコースターも?」
美宇は湯呑の下に敷かれたコースターを見ながら言った。
その布は、人形の衣装と似た雰囲気の小花柄だった。
「そうよ。こういう普段使いできるものを作るのが楽しくてね。最近は編み物にも夢中で、この冬はそれをやろうと思ってるの」
「わあ、すごい! 何でもできるんですね」
「ううん、素人だから大したことないのよ。それより、七瀬さんは陶芸家なんでしょう?」
「いえ……まだ修行中なんです」
「でも器を作れるんでしょう? 土から作品を生み出すなんて、本当にすごいわ。尊敬しちゃう」
「いえ……私は瀬川さんみたいに、こんな素敵なお人形を作れるほうがすごいと思います」
「うふふ、ありがとう。でもね、これは趣味でプロじゃないから。七瀬さんは、これからどんな作品を作りたいの?」
その言葉に、美宇はドキッとした。
そして、すぐに答えられない自分に戸惑う。
(……私は一体どんな作品が作りたいんだろう? )
実は、美宇は今、創作に行き詰まっていた。
陶芸家を目指してこの町に移り住んだものの、明確に「これを作りたい」と思えるものが見つからず、戸惑っていた。
若い頃に抱いていたあの情熱は、どこへ消えてしまったのか……そんなやるせなさを感じていた。
ただ、色に関してだけは「この色を使いたい」というはっきりとしたイメージがあった。
それは、先日も調合した、淡いブルーにサーモンピンクが溶け込むような儚い色合いだ。
けれど、その色を使って食器類を作っても、なぜかしっくりこない。
だから、美宇は作品作りに迷いが生じていた。
そこで、正直な気持ちを瀬川に打ち明ける。
「使いたい色のイメージはあるんですが、いざ器にしてみるとしっくりこなくて……」
「あら、そうなの? でも、色が決まっているなら、あとは形を探せばいいんじゃない?」
「そうですね……でも、それが何なのか、まだ見えてこなくて……」
「そう……」
瀬川はそう言いながら、考え込むようにお茶を一口すすった。
「陶芸っていうと、壺やお皿っていうイメージだけど、他にはどんなものが作れるの?」
「そうですね……やはり一番多いのは食器類ですけど、他には陶器のランプシェードや時計……インテリア小物なんかもあります」
「お人形は?」
突然の言葉に、美宇はハッとした。
「お人形……ですか?」
「そう。デパートなんかで売ってるじゃない? 可愛らしい西洋のお人形……ああ、でも、あれは陶磁器になるのかしら?」
「そうですね……でも、陶器でもお人形は作れますよ」
「あら、だったらそういうのも作ってみたら? オブジェみたいな感じで」
「…………」
瀬川の言葉は、美宇がずっと探していたヒントだった。
(どうして今まで気がつかなかったんだろう……お人形を作るのもありかもしれないわ)
心の中で何かが弾けると同時に、美宇はもう一度瀬川の人形を見つめた。
そこには、作り手の喜びや情熱が宿っているように感じられた。
美宇は、自分の中に新たなやる気が湧き上がるのをはっきりと感じていた。
「瀬川さん、素敵なヒントをありがとうございます! 私、頑張ってみます!」
「やる気が出てきたみたいで良かった。あなたはまだ若いんだから、これからよ。頑張ってね!」
「はいっ!」
美宇は満面の笑みで答えると、嬉しそうにもう一口お茶を飲んだ。
コメント
16件
素敵な大家さん💓のおかげで、作品のヒントが得られて良かったね✨どんな作品ができるのか楽しみ😊 移り住んだ街での素敵な出会い✨美宇ちゃんの人生に沢山の彩りがありますように😌
美宇さん人生の良きアドバイスを頂ける先輩が周りに居るって事はそんな良い人を惹きつける物を持ってるんでしょうね。好きな色でどんな人形作るのか楽しみです😊
ここに来てからいろんな人と出会えますね♪ 陶芸のヒントももらえて良かった😊 いろいろと試行錯誤しながら自分が納得できる作品ができるといいね✨🤗