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遥視点
──声なんか、出すんじゃなかった。
わかってたはずだった。
黙っていれば、痛みは長引いても「道具」で済む。
泣けば、面白がられ、明日も明後日も続く。
喋れば、記録され、切り取られ、どこかで繰り返される。
なのに。
「……やめろよ」
吐き出したその言葉が、自分の中でいちばん底に沈んでいたものを、
表に出してしまった気がして──胸の内側がひりついた。
柚木が笑って、稲葉が舌打ちして、村井が目を逸らした。
それが──怖かった。
殴られるよりも、蹴られるよりも、
“目を逸らされた”ことのほうが、はるかに、怖かった。
自分が何か、壊したんだと思った。
彼らが囲むこの空間にあった「ルール」のようなものを。
お互いに守っていた、沈黙と反応と、笑い声の境界を。
自分の声は、そんなに異物だったのか。
誰かの手のひらが、頬に触れた。
乾いた感触。叩くでもなく、撫でるでもない。
──確認するような、接触。
「喋んじゃねぇよ。壊れちまうだろ、こっちのペースが」
低く、苛立ったような声が、耳元に落ちる。
だから、遥は思った。
──これが「壊す」ってことなら、それでもいい。
喋るたびに怒られるのなら、喋って、怒らせればいい。
壊れるのが自分だけなら、黙って壊されるだけだった。
でも、自分の声が「誰かの支配の形」を狂わせるのなら──。
「おまえ、調子乗んなよ。……次、舌、噛ませるぞ?」
稲葉が小さく笑いながら囁いた。
その声に、遥はうっすらと笑い返した。
「できんのかよ。……そっちが」
返す声は、震えていた。でも、心は──まだ、折れてなかった。
たぶん、自分でも、壊れたいのに壊れきれないことに苛立ってる。
でも、耐えているつもりもない。
ただ、いつもどこかで「終わってくれ」と願いながら、
その“終わり”がいつなのか、誰にもわからないまま、夜になっていく。
カーテンの向こうの光が、細く揺れている。
その向こうで、誰かが笑ってる。
誰かが教科書をめくり、誰かが鉛筆を落としている。
教室の音。世界の音。
“自分以外の時間”の音。
──それでも、自分の世界には、カーテンしかない。
それを開けられるのは、自分しかいないと、わかってる。
でも、開けてしまえば、
その先にあるのは「もっと」か「終わり」か──。
遥には、まだ決められなかった。