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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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次の週、仁は都内の大型書店にいた。

今日はこの書店で仁のトークショーとサイン会が行われた。最新作『黒百合街道』のヒットを記念し急遽企画されたイベントだ。


平日だというのにサイン会には大勢のファンが訪れた。年齢層も幅広く下は中学生から上は80代までと幅広い。とにかく会場はものすごい熱気に包まれていた。そしてサイン会は先ほど終了した。



「長瀬ちゃーん、俺もうサインと握手のし過ぎで手がカクカクしてるよぉー」

「先生お疲れ様でした。はいどーぞ」


長瀬は仁を労い栄養ドリンクを手渡す。


「おっ、サンキュー、気が利くねぇー」


仁はすぐにキャップを開けるとゴクゴクと飲み干した。


「で、軽井沢では新作の執筆はかどりましたか?」

「2泊3日なんてあっという間だからよー、無理無理、はかどんない」

「じゃあなんでまた急に行ったんですか? テレビドラマの原作もあるからスケジュールキツキツでしょう?」

「うん、まー気分転換かなー? あ、あと車買い換えたから試し乗りー」

「また買い換えたんですか?」

「うん、俺はやっぱりSUVじゃないと駄目みたいだな。ガツンと感のある車が好きなんだな」

「ハハハッ、遊びに行く時間もないくせに新車ばっかり買ってどうするんですかー?」

「うんにゃ、それは大丈夫だ。今年の冬は別荘にこもって書くつもりだからな」

「えっ? 冬に行くなんて珍しいですねー」

「いやぁそんな事はないよ。去年もクリスマスに行ったし」

「あ、そうでしたそうでした! それも一人で?」

「もうね、クリスマスパーティーとかクリスマスデートとかそういうのはもう面倒でさ。いいよー、雪の中で静寂に包まれるんだ」

「なんかカッコイイですねー。でもそれって遊び尽くした男だからこそ言えるセリフですよね。いやー僕もそんな境地に一度でもなってみたいなー」

「長瀬ちゃんも俺くらいの歳になったらきっとわかるさ。さてと、じゃあそろそろ次に行くとするか」

「あ、今日はアクトさんと会うんでしたっけ?」

「うん、アクトが締め切りに追われてるから飲みはナシでちょこっと飯食うだけだけどね」

「本当に二人は仲がいいですよね。アクトさんによろしくお伝え下さい」

「うん、言っとくよ! じゃーお疲れー」

「お疲れ様でした」


仁は椅子から立ち上がると書店の出口へ向かった。そして自動ドアを出ようとした時すれ違う人と派手にぶつかってしまった。


「失礼、大丈夫ですか?」


相手はサングラスをかけた女性だった。


「大丈夫です。あら? 神楽坂先生じゃありません?」

「はい、そうですが」


名前を言われたので仁は女性をマジマジと見つめる。その時女性がサングラスをはずした。顔は何となく見覚えがあるがどこで会ったかは思い出せない。

女性はまあまあの美人で身体にフィットしたニットのミニワンピースにハイヒールを履いていた。

ヘアスタイルは肩の上までのウェーブヘアで身体中から高級ブランドの香水の香りがプンプンと漂っている。

そこで仁はハッとする。


(この女確か女優だったよな?)


仁は思い出した。

今放映中の『依子さんのディープな恋』のキャストを決める際に候補者の中にこの女性がいた事を。

事務所やスポンサーからは是非ヒロインの依子にという声が強かったがあまりにもイメージに合わないので仁が却下した。

その後彼女は松崎隼人のドラマに主役の姉役で出演していたと誰かが言っていたような気がする。


そこで女性が自己紹介を始めた。


「初めまして、私アーバンプロダクションに所属している女優の白鳥ほのかと申します。私先生の作品の大ファンなんです」


ほのかは不自然に長いまつ毛をパチパチとさせながらつぶらな瞳で仁を見上げる。


(つけまつ毛&目頭切開ってとこか? 鼻と顎も相当いじってんな…)


不自然に整い過ぎたほのかの顔を見て仁は思った。

仁は以前雑誌の対談で美容整形外科医と一緒に仕事をした事がある。その時医師とすっかり意気投合し今では年に数回飲みに行く間柄だ。医師は飲みながら『整形女を見分ける方法』を伝授してくれたので仁にはすぐにわかってしまう。


しかしそんな思いを悟られないように平静を装って言った。


「それはありがとうございます」

「今日はこの近くでお仕事があったのですが先生のサイン会があると聞いて寄ってみたんです。でももう終わってしまったようですね」

「はい、わざわざ来ていただいたのにすみません」

「サインをいただいてもよろしいかしら?」

「もちろん。書くものはお持ちですか?」


するとほのかはバッグから仁の著書とマーカーを取り出した。ちゃんと本を用意しているところを見るとイベントに来ようとしたのは事実かもしれない。しかしほのかが手にしている本は読まれた形跡はなく新品同様だった。

仁は本を受け取るとサインをする。


「ほのかという字は平仮名ですか?」

「あ、はい、そうです」


仁はサインの横に「ほのかさんへ」と付け加えてから本を返した。


「ありがとうございます」


ほのかは本を受け取ると同時に名刺を仁に差し出した。


「先生がまた新作ドラマに取り組んでいると噂で耳にしました。今度は純愛ものなんですってね。是非そのドラマの主演に私を起用していただけないでしょうか? 純愛ものなら自信があります。私先生のドラマに出たいんです!」


ほのかはいきなり自分を売り込んで来た。そして潤んだ瞳で仁を見つめる。

しかし仁はその手には乗らなかった。


「そういったお話でしたら事務所からテレビ局の方にお願い出来ますか?」

「あらごめんなさい。確かにこんな風に立ち話でするものじゃありませんでしたわ。あの、もしよろしければこの後お食事でもいかがですか? この近くに私の行きつけのお店があるので…」

「申し訳ありませんがこの後は約束がありますので。じゃ!」


仁は軽く会釈をしてからその場を後にした。

後に残されたほのかは少しムッとした表情で仁の後ろ姿を見つめていた。



足早に歩きながら仁は呟く。


「いや参った。まさかの直接売り込みかよー。そういうのって本当にあるんだなー、もし俺が誘いに乗ったらそのまま枕営業へと移行するのかぁ? 勘弁してくれよー」


仁のブツブツは止まらない。


「それにあの女は確か昔松崎隼人と噂になってたよなぁ? 芸能関係に詳しいアクトに聞いてみるか)


仁は歩くスピードを速めてアクトと待ち合わせをしている店に向かう。そして裏通り沿いにある小さな鰻屋に入った。


「いらっしゃいませー」

「こんちは。アクト来てる?」

「いらっしゃってますよー、一番奥のお席ですー」

「ありがとう」


仁はスタッフにニッコリ微笑んでから奥の席へ向かった。するとアクトが既に座っていた。


「よっ! 遅くなって悪い」

「どうだった? イベントは?」

「結構な人数来たから手がしびれちまったよー」

「ハハッ、お前の筆名は画数が多いからサインは大変だよなー」

「それよりさ、お前白鳥ほのかって知ってる?」

「もちろん、有名女優だろう?」

「そいつが本屋を出た時に声を掛けて来てさ、次のドラマに出してくれーだってさ、驚いちゃったよ」

「マジで? え? あの不倫ドラマとかによく出てる白鳥ほのかだよな?」

「不倫ドラマに出てるのか? 俺は彼女が出てるドラマは見た事ないからよく知らんけど。あ、そういえば昔一度だけ映画にチョイ役で出てたのを見たな。あまりにも酷い演技でげんなりしたのは覚えてる」

「彼女は松崎のドラマにばっかり出てるからなぁ。若い頃は清純派でそれなりに人気があったけど最近は色気を前面に出して来るから役柄も限られてるしなー。アレ? お前が今度書いているのって純愛物じゃなかったっけ?」

「そう、その純愛モノの主役にしろだってさ。おい、ああいうのを枕営業って言うのか?」

「そうだろう? でもそういうのって事務所を通すのかと思ってたけれど直接本人が来る事もあるんだな、大胆だよなぁ。でもさぁ、彼女って昔松崎が事故を起こした時に助手席乗ってたって週刊四季に暴かれてたよな?」

「え? アレは噂じゃなかったのか?」

「噂じゃないらしいよ。週刊四季に知り合いがいる編集者が前に言ってた。でも全て揉み消されたらしい」

「そうなのか? って事は後ろに誰かいるのか?」

「松崎の伯父が大物政治家なんだよ。つまりあいつのドラマが無理やりヒットしてる風に見えるのもスキャンダルがあっという間に揉み消されるのも全ては伯父様のお陰って訳!」

「…………」


仁は呆れて物が言えなかった。悦子が鼻息を荒くして敵対視した相手はろくでもない男のようだ。悦子が本気で戦うほどの相手ではない。


そこで仁はふと思った。3歳の子供、そして2年前の交通事故死。

そこに何か違和感のようなものを覚えた仁はアクトに質問をした。


「たしか松崎が事故を起こした時って子供を乗せてたんだよな? あれは真実か?」

「本当らしいよ。不倫がバレた時の小道具に子供が使われたって当時批判されてたよな?」

「だから不倫はしていないって言い張ったのか?」

「だろう? 正直に言ったらこの業界からは抹殺されかねない勢いだったからな。あの頃は不倫に対する世間の目が厳しくなっていたし」

「ちなみにその子供って娘? 息子?」

「確か息子だったと思うけど、それがどうかしたか?」

「…………」


得体のしれない違和感は徐々に真実味を帯び姿を露わにした。しかし仁はなんとかその真実味を帯びた違和感をきっぱりと否定する為にもう一度アクトに確認した。


「もう一つ聞いていいか? 松崎の事故は東京で起こしたのか?」

「違うよ、軽井沢だよ。あいつ軽井沢に別荘を持ってたから」


「…………」


「なんでお前そんな事聞くんだ?」

「うん、ちょっとね。でさぁ、松崎の元嫁って顔晒されてる? 写真ってまだ見られるかな?」

「うーん、確か嫁もいいところのお嬢さんだったみたいだからネットでの情報はとっくに削除依頼をかけてるんじゃないかな? あ、でも俺当時の週刊四季まだ持ってるぞ」

「マジで? お前なんでまだ持ってるんだよ?」

「俺のコラムが載ってるんだよ。スキャンしてパソコンに取り込もうと思ってまだ放置したままだった。いつかやんなきゃと思ってて2年も放置だ、ハハハッ」


アクトは参ったなという顔をして笑う。


「そのスキャンした記事俺のパソコンに送ってくれないか?」

「いいけど何で?」

「確かめたい事がある」

「確かめたい事ってなんだよ」

「松崎の元嫁の顔が知りたい」

「へっ? なんでまた……あ、でも嫁は一般人だから確か目の部分に黒塗りされてたぞ」

「それでもいいから送ってくれ」

「わかったけど理由を説明しろよー理由を!」


アクトが知りたがったので仁は理由を話し始めた。

この作品はいかがでしたか?

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