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20
45
花凜
80,036
ことおと
204
昼休み。
教室はいつもより騒がしかった。
テストが終わったばかりだからか、あちこちで笑い声が上がっている。
紬は席を立ち、自販機へ向かった。
廊下を歩いていると、階段の踊り場で足が止まる。
下から聞こえてきた声。
「蒼真ってさ」
男子生徒が二人。
別のクラスだ。
「昔、めちゃくちゃ可愛かったらしいな」
「写真見たことある。マジで女みたいだった」
笑い声。
「本人めっちゃ嫌がるらしいけど」
「まあ黒歴史だろ」
「今あんななのにな」
また笑う。
紬は階段の陰に立ったまま動けなかった。
その時。
「何してんの」
低い声。
振り返る。
蒼真だった。
階段の上に立っている。
紬は一瞬言葉を失う。
「……何も」
そう答えるしかなかった。
蒼真は階段の下をちらりと見る。
もう二人はいない。
「聞いてたのか」
「……うん」
短い返事。
沈黙。
蒼真は何も言わない。
そのまま横を通り過ぎようとする。
「待って」
思わず呼び止める。
蒼真の足が止まる。
「昔のこと」
紬は声を絞り出す。
「そんなに嫌なの」
蒼真は振り向かない。
数秒、何も答えない。
やがて、小さく息を吐く。
「お前には関係ない」
それだけだった。
また歩き出す。
紬は追いかけない。
追いかけられなかった。
放課後。
悠生は校舎裏に立っていた。
春から初夏へ変わる風が吹く。
ここへ来るのは久しぶりだった。
視線の先には、古いベンチ。
小学生の頃。
三人で鬼ごっこをして。
蒼真が転んで。
紬が泣いて。
自分が笑った。
そんな記憶が残っている場所。
「……あ」
悠生の足が止まる。
少し離れたところに、人影。
蒼真だった。
一人で座っている。
肘を膝につき、俯いている。
こんな蒼真は珍しい。
悠生は少し迷ったあと、近づいた。
「サボり?」
冗談っぽく言う。
蒼真は顔だけ上げた。
「違う」
短く返す。
「そっか」
悠生も隣には座らない。
少し離れた場所にもたれる。
沈黙。
「紬と話した?」
悠生が聞く。
蒼真の表情が少しだけ硬くなる。
「……ああ」
「また昔の話?」
返事はない。
それが答えだった。
悠生は苦笑する。
「紬も頑固だけど、お前も相当だな」
蒼真は空を見上げた。
「頑固じゃない」
「じゃあ何」
長い沈黙。
風が木を揺らす。
ようやく蒼真が口を開く。
「……忘れたいだけ」
その声は小さかった。
悠生は目を見開く。
初めてだった。
蒼真がそんなことを口にしたのは。
「忘れられないから」
続きは、それだけ。
蒼真は立ち上がる。
「帰る」
悠生は呼び止めなかった。
ただ、その背中を見送る。
(忘れたい……か)
悠生は一人、小さく息を吐く。
蒼真は今も何も話さない。
でも。
“忘れたい”という言葉だけは、本音だった。
悠生には、それが分かった。
コメント
1件
ああ、第6話…すごく好きでした。蒼真が初めて「忘れたい」って本音をこぼしたシーン、胸がぎゅっとなったよ。悠生も無理に隣に座らず距離を保ってるのが、二人の関係っぽくて切なかった。紬が「そんなに嫌なの」って聞いたときの蒼真の「お前には関係ない」も、痛かったなあ…その一言にいろんなものが詰まってる気がした。次の展開が気になるよ🌙