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さぶた@気分屋
101
六月。
雨が続いていた。
昼休みになっても、窓の外は灰色のままだ。
紬は図書室へ向かっていた。
静かな場所にいたかった。
教室にいると、つい蒼真を探してしまう。
そんな自分が嫌だった。
図書室は空いていた。
本棚の間を歩く。
何か借りるつもりはない。
ただ歩くだけ。
そのときだった。
「……悠生」
思わず立ち止まる。
書棚の向こうから聞こえた声。
蒼真だった。
紬は反射的に身を引く。
覗くつもりはなかった。
でも、足が動かなかった。
「何」
悠生の声。
二人きりだった。
「この前のこと」
蒼真が言う。
「紬に変なこと言うな」
悠生は少し黙った。
「変なこと?」
「俺のこと」
短い言葉。
「昔のことも」
沈黙。
雨音だけが窓を叩いている。
「……言ってないよ」
悠生が静かに答える。
「言えるわけないだろ」
蒼真は目を伏せる。
「ならいい」
そう言って立ち去ろうとする。
「蒼真」
悠生が呼び止めた。
足が止まる。
「いつまで隠すつもり」
蒼真は振り向かない。
「隠してない」
「隠してるよ」
悠生の声は穏やかだった。
責めているわけではない。
ただ、確認するように。
「紬は何も知らない」
蒼真は何も言わない。
「知ったら傷つくと思ってる?」
また沈黙。
やがて蒼真が小さく笑った。
笑ったというより、息が漏れた。
「……違う」
「じゃあ何」
「俺が思い出したくない」
その一言だけだった。
紬は息を呑む。
思い出したくない。
蒼真が、自分でそう言った。
「だから」
蒼真が続ける。
「終わったことを掘り返されたくない」
「紬にも?」
「誰にも」
言い切った。
その声には迷いがなかった。
悠生は目を閉じる。
少しだけ考える。
「でも」
ゆっくり口を開く。
「紬は、お前が昔を捨てたと思ってる」
蒼真は苦く笑う。
「捨てたんじゃない」
短く息を吐く。
「捨てるしかなかった」
紬の心臓が大きく鳴る。
その言葉だけが耳に残る。
捨てるしかなかった。
どういう意味なのか。
何があったのか。
何一つ分からない。
それでも。
その一言だけで。
今まで知っていると思っていた蒼真が、急に遠くなった。
「……じゃあな」
蒼真は図書室を出ていく。
扉が静かに閉まる。
悠生はその場から動かなかった。
誰もいないはずの書棚へ目を向ける。
「聞いてるんだろ」
静かな声。
紬の肩が震えた。
ゆっくり姿を現す。
目が合う。
悠生は驚かなかった。
「いつから」
「……途中から」
嘘だった。
最初から聞いていた。
悠生は責めない。
ただ、小さくため息をつく。
「聞いちゃったなら仕方ないか」
紬は唇を噛む。
「……悠生」
「うん」
「蒼真に何があったの」
悠生はすぐには答えなかった。
窓の外を見る。
雨はまだ降っている。
「俺も全部は知らない」
静かな声だった。
「でも、一つだけ約束したことがある」
「約束?」
「小学生の頃」
悠生はゆっくり紬を見る。
「あいつが泣いてるのを見た」
紬は目を見開く。
「そのとき」
悠生は少しだけ苦笑した。
「『誰にも言うな』って」
そこで言葉を切る。
「俺、その約束だけは守るって決めたんだ」
図書室に沈黙が落ちた。
紬は何も言えない。
初めて知った。
自分の知らない蒼真がいたことを。
そして。
その蒼真を知っているのは。
自分ではなく、悠生だった。
コメント
1件
おお…これは重くて切ない展開だわ。雨の描写がずっと続くところが、もう胸に沁みる。紬が知らない蒼真の姿を、悠生だけが知ってるっていう構図が苦しい。『捨てるしかなかった』って言葉、蒼真の過去に何があったんだろう…小学生の頃に泣いてたってのも気になる。悠生が「約束を守る」って言ったときの苦笑いがすごくリアルで、3人の関係が一気に深く見えてきた。続きが気になりすぎる🔥