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主役を決める話し合いは、きれいには進まなかった。
まずモルリが「サベリオ」と言い、サベリオが「却下」と返し、ヌバーが「じゃあ私」と手を挙げてホレに「もっと却下」と切られたところから始まった。
ミゲロは首を振った。
「俺は向かない」
「向いてるとかじゃなくて、向けるの!」
モルリが力説する。
「大道具抱えたまま出る主役、ちょっと見たいけどな」
ヌバーが面白がると、ミゲロは無言で木槌を持ち上げた。脅しなのか作業再開なのか判断がつかず、ヌバーは自分から引いた。
ホレは台本をめくりながら現実的なことを言う。
「この役、派手に泣きわめく人じゃないのよね。話を受け止める役。相手の言葉を雑に扱わない人じゃないと、全部軽くなる」
「それならデシア本人じゃん」
モルリが即答する。
デシアは首を横に振った。
「私は読まない」
「まだ言う」
「まだじゃなくて、ずっと」
その声の固さに、誰もすぐ返せなかった。
ヌバーが気まずさを散らすように笑う。
「じゃあ、ここは明るく立候補制で」
「誰も立ってない」
グルナラの言葉が鋭い。
ヴィタノフは壁に寄りかかったまま、全員の位置を眺めていた。あの人は、明かりの当たり方で人の迷いまで見ている気がする。
モルリは一人ずつ顔を見ていき、最後にまたサベリオで止まった。
「結局さ」
「言うな」
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってる」
「顔で会話できるようになってきたね」
嬉しそうに言うな、とサベリオは思った。
だがモルリは引かない。
「橋の下の空気を一番知ってるの、あんただよ。誰がここでどう黙るか、どう笑うか、どう帰れなくなるか、全部見てきたでしょ」
「見てきただけだ」
「その見てきた人が真ん中に立つ話なんじゃないの、これ」
台本の表紙へ、彼女は指を置いた。
『春の音』。
誰かの大きな夢というより、小さな行き場の寄せ集めみたいな話。その中心に必要なのは、よく喋る人でも、派手に目立つ人でもないのかもしれない。
だからこそ、サベリオは嫌だった。
自分が選ばれる理由が、なんとなく分かってしまうからだ。
「できるわけない」
低く言うと、モルリも負けずに返した。
「できる人は最初からそう言わない!」
「できない人だって言う」
「じゃあやってから言って!」
ヌバーが「けんかだ、けんかだ」と囃し立て、ホレに後頭部を叩かれる。
その騒ぎの中で、デシアだけが静かだった。
彼女は台本の主役欄を見つめたまま、鉛筆を置く。
その空欄が、誰よりも彼女自身を追い詰めているように見えて、サベリオは目を逸らした。