テラーノベル
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夜八時、朔也の車がアパート前に到着した。
今夜は冷え込みが和らぎ、空は雲一つない。絶好の星空観測日和だ。
美宇が助手席に乗ると、朔也が言った。
「今夜は、きっとすごい星空が見えるよ」
「楽しみです」
「じゃあ、行こうか」
「はい、お願いします」
美宇は、はやる気持ちを抑えながら、胸を躍らせていた。
ホエールウォッチング以来、美宇はどこか吹っ切れたような気がしていた。
絵美からもらった刺激により、仕事にも集中でき、とても前向きな気持ちになっている。
朔也に一目惚れした頃は緊張ばかりしていたが、今では少しずつ慣れ、以前ほど意識しなくなっている。
今は二人きりでも自然に振る舞えるようになっていた。
車が峠道を上り始めると、朔也が言った。
「今夜は、蓮と綾ちゃんも一緒なんだ。もう峠で撮影の準備をしてる頃だと思うよ」
「え?」
朔也の言葉に、美宇は拍子抜けした。
(なんだ……二人きりじゃないんだ)
てっきり二人きりだと思い込んでいた美宇は、なんだか可笑しくなり、思わず笑みをこぼした。
そして慌てて窓の外に目を向ける。
夜の闇に包まれた峠道は、少し怖く感じられた。
その景色を見ながら、美宇はぽつりとつぶやく。
「熊って、出ませんよね?」
「まあ、四人でワイワイしてれば、近寄ってこないと思うけど」
その言葉に、美宇は少し安心した。
峠道を上りきると、突然視界が開け、広い場所に出た。駐車場のようだ。
よく見ると、人影が見えた。
「綾さんたち?」
「うん。もう準備は終わってるみたいだね」
車のそばには、大きな天体望遠鏡が二台とカメラが一台。その横には、見慣れない機材やパソコン類も並んでいた。
二人が車を降りると、蓮と綾が近づいてきて、挨拶を交わした。
「美宇さん、こんばんは」
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
「今夜は快晴だから、きっときれいな星空が見られますよ」
「ねえ美宇さん、もう天の川が見えてるわよ」
そう言われて、美宇は驚いて空を見上げた。
その瞬間、言葉を失う。
なぜなら、そこにはこれまで見たことがないほどの無数の星が輝いていたからだ。
よく見ると、星々の光が集まり、川の流れのように見える場所があった。
「あ、あれが、天の川ですか?」
「そうよ。すごくくっきり見えるでしょう?」
「…………」
美宇は感動のあまり、言葉を失った。
宝石箱をひっくり返したような夜空を見上げながら、この町は何度、自分にこんな衝撃的な感動をくれるのだろう……そう思った。
(来てよかった……この町に来て本当によかった……)
胸が熱くなるのを感じながら、ただ星空を見つめる。
そんな美宇の姿を、朔也は目を細めて、満足そうに見守っていた。
その後、蓮がサーチライトを使って、朔也と美宇に星座の説明を始めた。
美宇は、これまでプラネタリウムでしか見たことのない星座が、実際に頭上で輝いていることに深く感動した。
途中でいくつか質問をすると、蓮が丁寧に答えてくれた。
「何でも知ってて、まるでプラネタリウムのスタッフみたい」
「お褒めに預かり光栄です。じゃあ、カフェをやめて天文台で働こうかなあ……」
蓮の冗談に、他の三人は声を上げて笑った。
その後、曽根夫妻は天体写真の撮影を始めた。
「そういえば、お子さんたちは?」
美宇は、曽根夫妻の小さな子供たちの姿が見えないことに気づいた。
「瀬川さんが見てくれてるの」
「瀬川さんって、裏のアパートの大家さんですよね?」
「そう。うちの土地は、瀬川さんから譲ってもらったの。それがきっかけで親しくなって、今では本当のおばあちゃんみたいな存在なの」
「そうだったんですね」
「こっちには親戚がいないでしょ? だから、いつも何かと助けてもらって……感謝してもしきれないの」
綾はそう言って、穏やかに微笑んだ。
(なんてあたたかい交流なんだろう……)
近所の人たちが自然に助け合っていることを知り、美宇は心がほっと温かくなるのを感じた。
それから美宇は、二人の撮影の邪魔にならないよう、駐車場の反対側へ移動した。
新月の夜で月明かりはないが、無数の星が放つ光が足元を照らしてくれる。
そのおかげで、暗闇の中でも安心して歩けた。
(まさか、こんなすごい星空が見られるなんて……麻友が見たら、きっと喜ぶだろうな)
美宇は空を見上げながら、親友・麻友の顔を思い浮かべて微笑んだ。
そのとき、背後から声が響いた。
「満足したかな?」
振り返ると、朔也が優しい笑みを浮かべて立っていた。
「はい、もう十分すぎるくらいです。クジラにイルカにシャチ、それに満天の星空。ここへ来て、まだ一ヶ月も経っていないのに、こんな素晴らしいものをたくさん見られて……すごく幸せです」
美宇の声には、心からの感動がにじんでいた。
「それはよかった。でも、冬になると、もっといろいろあるよ」
「雪……とかですか?」
「うん。雪に流氷、それにダイヤモンドダストもね」
「わあ、ダイヤモンドダストも見られるんですか?」
「条件がよければね」
「わあ……だったら、厳しい冬の寒さも我慢しないとですね」
「そういうこと」
そこで、二人は顔を見合わせて笑った。
そんな二人の様子を見ながら、綾が蓮にそっと言った。
「ねえ……朔也さんは香織さんのこと、もう整理がついたのかな?」
「どうだろうね」
「美宇さんが来てから、笑顔が増えたと思わない?」
「言われてみれば、そうかも」
蓮と綾は見つめ合い、ふっと笑みをこぼした。
その笑顔には、どこか安心したような温かさがにじんでいた。
「朔也さん、幸せになれるといいな……」
「そうだね。でも、綾がそんなに朔也先輩のことを心配してたなんて、知らなかったよ」
「だって、あんなに優しい人よ……優しすぎて、逆に心配になっちゃう。だから、幸せになってほしいのよ」
「たしかに、そうだね」
「蓮……あなただって、優しすぎるくらい優しくて、子供たちにとっても素晴らしい父親で……いつも感謝してる」
「急にどうしたんだ? でも、僕が優しくいられるのは、綾がいつもそばにいてくれるからだよ」
蓮の言葉に、綾は少し照れたように微笑んだ。
「では、質問です! あの日、流れ星はいくつ流れたでしょうか?」
「お、またいつもの質問だな。えーと、5つだろ? 忘れるわけないよ」
蓮がすぐに正解を言ったので、綾はぱっと表情を明るくし、ご機嫌になった。
「蓮、大好きよ」
「僕も、愛してるよ」
二人は満天の星空の下で、静かに優しい笑みを交わした。
*蓮と綾の過去のストーリーを知りたい方は、短編集『short story』ー№3【流星痕】をご覧ください。
コメント
37件
一日遅れで来ました! 流星と天の川、ホエールウォッチング、そしてイルカも見れた美宇ちゃん。 ほんとにこの町に来てよかったね✨️ でも、香織さんのことがどうしても気になっちゃいます……👀 そして蓮さんと綾さんの会話が微笑ましいです😊 私も行きたいナ((o(´∀`)o))b
やっぱり逃げたのは香織さん…理由が気になる。 そして流星に心を奪われて、蓮さん🩷綾さんの愛も再確認🫶🫶💕 朔也さん、美宇ちゃん、2人とも辛い過去を乗り越えて幸せな未来を掴んでほしいな💓🫴

今綾さんのお話読んできました。とても素敵なお二人。こういう繋がりの物語とってもいい。マリコ先生の作品が繋がっていくのが素晴らしい。その後の姿も見れるし。