その翌日、二人は拓の実家へ挨拶に行った。
拓の実家は同じ市内にあるので、拓の両親は息子が地元の女性と結婚すると知って嬉しそうだった。
拓には4歳上の兄がいて既に結婚していた。
その日は拓の兄夫婦も交えて賑やかな宴会となった。
拓の家族は皆とても温かい人達で、真子の事を優しく受け入れてくれた。
その後二人は辻堂にマンションを借りた。
その部屋は、拓のサーフィン仲間である菊田が所有しているマンションだ。
ちょうど空きがあったので快く二人に貸してくれた。
部屋の広さは2LDKだったので、一部屋は真子の工房に使える。
結婚式は、地元の海沿いのホテルで12月のクリスマスイブに挙げる予定だ。
今二人はその準備で忙しい。
そんな多忙な中でも、真子はなんとか藍染の作品を完成させた。
そして無事にコンテストへ応募した。
真子が作った作品は、色の濃さが微妙に異なるよう何枚もの布を藍で染め上げ、それらをランダムにはぎ合せて一枚の布に仕上げたものだった。その斬新なデザインは、藍染の常識を覆す作品となった。
コンテストの結果発表はクリスマスイブなので、ちょうど結婚式の日だった。
10月半ば、二人が新居に引っ越してから約一ヶ月が経った。
二人はもうすっかり新しい生活に慣れていた。
この日も定時に帰って来た拓は、真子と一緒に夕食を食べていた。
「餃子、ちょっと焦げちゃった」
「多少焦げた方が美味しいからよろし」
拓はそう言ってから餃子の焦げた部分を見る。
「お、焦げすぎか?」
「ひどーい、ちゃんと一から手作りしたのよー。見た目じゃなくて味で判断してー!」
「どれどれ?」
拓は餃子をパクッと食べる。すると途端に笑顔になった。
「うん、美味い! ニンニクとネギがたっぷり入っていて最高だな」
「でしょでしょ? テレビでやっていたのを真似したんだ」
真子は嬉しそうに笑う。
そんな真子に拓が言った。
「今度の土曜日、一緒に出掛けるけどいい?」
「ん? いいけどどこへ?」
「ちょっとしたパーティーがあるんだ」
「パーティー? なんのパーティー?」
「それは秘密。でもさ、ちゃんとしたパーティーだからきちんとした格好で行かないといけないんだ」
「きちんとってどのくらいのきちんと?」
「まあ、結婚式に行く時のような服でいいみたいだよ」
「じゃあ割とちゃんとしたパーティーなんだね」
「うん。俺もビシッとしたスーツで行くからさ」
「わかった。じゃあ拓のスーツとワイシャツも出しておかないとね」
「頼んだよ」
拓はそう言って微笑んだ。
(そんなにきちんとしたパーティーって一体何だろう?)
真子は不思議に思っていたが、これからは拓の妻としてそういう場でも恥ずかしくないようにちゃんとした振る舞いをしなければと思っていた。
そして以前親戚の結婚式に出席する際に母に買ってもらったワンピースを着る事にする。
あのワンピースなら上品できちんと感があって失礼にはならないだろう。
そして土曜日がやって来た。
真子は服に合わせてきちんとメイクをし、髪も少しカールさせた。
支度が終わり鏡で全身をチェックすると、まあまあいい感じに仕上がっている。
真子はリビングに行き拓に全身を見せる。
「これでいい?」
「おおっバッチリだ。とっても素敵だよ、真子」
拓はすぐに真子を抱きすくめてキスを始める。
「あ、ダメダメ口紅ついちゃうよ」
「拭けばいいさ」
拓はそう言って一向にやめる気配がない。
一方拓もスーツをビシッと着こなし、胸には洒落たポケットチーフまで入れていた。
初めて見た拓のフォーマルな装いに、思わず真子は見惚れてしまう。
拓は何を着ても素敵だった。
その時真子は改めて思う。自分はこんな素敵な男性の妻になるのだと。
時間になると、二人は車で横浜へ向かった。
「パーティーは横浜であるの?」
「うんそう。横浜のコンチネンタルパシフィックホテルだ」
そのホテルへは、高校時代に家族で何度か食事に行った事がある。
それ以来行っていなかったので久しぶりで楽しみだった。
ホテルに着くと、地下駐車場に車を停めてから二人はホテルの上階へ移動した。
バンケットルームがある階でエレベーターを降りると、拓は一番奥の会場を目指して歩き始めた。
いくつかのパーティー会場を通り過ぎると、拓は更に奥へ進む。
そして、小さな部屋が並んだ控室のような所へ行きその一つを覗き込んだ。
真子は不思議そうな顔で入口脇にある案内表示を見た。
そこには『斉藤家控室』と書いてある。
「?」
真子は慌てて隣の控室の案内板を見た。
するとそこには『森田家控室』と書かれていた。
「!」
その時拓が振り返って言った。
「今日は敦也と友里ちゃんの結婚式なんだよ」
真子はびっくりして何も言えずにじっと拓を見つめている。
その時、控室の中から真子を呼ぶ声が響いた。
「真子!」
真子が声の方を見ると、そこには美しいウエディングドレスを身に纏った懐かしい親友の姿があった。
真子はすぐにそれが友里だとわかった。
友里はあの頃の面影のまま、素敵な大人の女性へと変身していた。
「友里……」
「真子ーーーっ!」
友里は真子に駆け寄ると声を上げて泣き始めた。
真子も感極まって泣き始める。
しばらく二人は抱き合いながら声を出して泣き続けた。
その時、反対側の控室から敦也が出て来た。
「真子ちゃんおひさっ!」
その声に真子が振り返ると、大人になった敦也が立っていた。
敦也は当時よりも身長が10センチほど高くなり、茶目っ気のあるイケメン顔は落ち着いた大人のイケメンへと変わっていた。
おそらく敦也は医者になったのだろう。
立っている姿は堂々として自信に満ち溢れていた。
「森田君…友里と? おめでとう! 二人はずっと付き合ってたんだね」
「うん、なんかね、腐れ縁っていうか…さ」
その時涙を拭きながら友里が言った。
「腐れ縁は失礼じゃない? こんな美しい花嫁を前にして!」
「ハハッ、そうだった。ごめんごめん」
「素直に謝るならよろし」
友里はそう言ってクスッと笑った。
二人の関係は、以前とは少し違っているようだ。友里から告白をしたのに、今では敦也が尻に敷かれている。
そこで真子が友里にこっそりと聞いた。
「もしかして尻に敷いちゃってる?」
「うん、上手く手懐けましたー」
友里の言葉に思わず真子が笑った。
それから友里が嬉しそうに言った。
「真子達ももうすぐなんだって? 拓が招待してくれたから行くからねー」
「ありがとう! 二人で来てくれたら嬉しいよ」
真子は微笑んで言った後、今度は真面目な顔をして言った。
「友里、あの時はごめん……本当にごめんね…」
友里は真子が何を言いたいのかがすぐにわかったようだ。
「いいんだよ真子。真子はさ、毎年私に年賀状を送ってくれたでしょう? 住所は書いていなかったし消印だっていつも札幌。でもずっと私の事を忘れないでいてくれるんだって凄く嬉しかったよ。だからそれだけでもう充分。ただね、やっぱり真子とはお喋りしたりご飯に行ったりしたいんだよー。だからさぁ、これから失った8年分の時間を私に頂戴! これからは真子といっぱい遊ぶんだからね!」
「ありがとう友里。これからはいっぱい会おうね。ちゃんとお付き合いさせていただきまーす」
二人はクスクスと笑う。
それから真子は穏やかに言った。
「友里、今日はすっごく綺麗だよ。そして結婚おめでとう!」
「ありがとう、真子」
二人が微笑んで見つめ合っていると、ホテルのスタッフが友里に声をかけた。
「新婦様はもう一度パウダールームにてお化粧直しをお願いいたします」
「はい。じゃあ真子また後でね」
「うん。森田君も頑張って!」
「おうっ! ありがとうな」
敦也はそう言うと、友里の手を取り笑顔でその場を後にした。
コメント
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友里ちゃん🩷敦也くんご結婚おめでとう🎉🎉㊗️ 拓君が何も言わずに高級ホテルに連れてきたのが親友の結婚式💒なんて嬉しすぎる〜🥰🌸👰♀️ 長い間のわだかまりも無く真子ちゃんと友里ちゃんが祝福し合う姿は感動以外何者でもないね(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)(涙)✨✨ これから新しい生活の中でまた友里ちゃんとも楽しい時間を分かち合えるのがとても嬉しいわ〜🤗🌷👍