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高校2年・Sさん
嫌なことをされたとき、その場では何も言えません。
言い返せないというより、「今ここで言ったら空気が悪くなる」と考えてしまいます。
だから笑って流したり、「別にいいよ」と言ったりします。
そのときは、それでいいと思っています。
でも、家に帰ると腹が立ちます。
「あのとき嫌だったって言えばよかった」
「なんで何も言わなかったんだろう」
「普通に考えたら怒っていいことだったんじゃないか」
ずっと考えてしまいます。
次に会ったときも、そのことが頭に残っていて、相手が普通に話しかけてくるだけで嫌になります。
でも、今さら「あのとき嫌だった」と言うのも変ですよね。
自分から何も言わなかったんだから、もう終わったことにするしかないんでしょうか。
遥「……『その場で言えなかった』と『嫌じゃなかった』は、別だと思う」
S「でも、何も言わなかったんです」
遥「うん」
S「笑ってました」
遥「それでも、嫌だったことは消えないんじゃないかな」
蓮司「そもそも、何も言わなかったら相手の行動に問題がなくなるって、誰が決めた?」
S「……自分です」
蓮司「だろうな」
S「でも、嫌なら言えばいいじゃないですか」
蓮司「それができなかったから今ここにいるんだろ」
S「……」
蓮司「後から自分を責めても、当時の自分が言えるようになるわけじゃない」
遥「そのときの自分には、そのときの理由があったんだと思う」
S「理由……」
遥「空気を壊したくなかったとか、相手に怒られたくなかったとか、面倒なことになりたくなかったとか」
S「全部あります」
遥「じゃあ、何も言わなかったのも、何も考えてなかったからじゃない」
S「……」
遥「その場をやり過ごそうとしたんだと思う」
日下部「ただ、やり過ごしたことと、納得したことは別だ」
S「……」
日下部「その場で問題にしなかったからといって、後から嫌だったと思ってはいけない理由にはならない」
S「でも、今さら言ったら『そのとき言えばよかったじゃん』って言われそうです」
蓮司「言われるかもしれない」
S「……」
蓮司「でも、それで終わりじゃない」
S「どういう意味ですか?」
蓮司「『そのとき言えなかった。後から考えたら嫌だった』って話は成立する」
S「……」
蓮司「人間って、その場では判断できないこともあるだろ」
遥「俺も、あとから『あれ嫌だったんだ』って気づくことある」
S「遥くんも?」
遥「ある」
遥「その場では、何か変だと思っても、それより先に『まあいいか』ってしてしまう」
S「それで後から苦しくなる?」
遥「うん。
しかも、後から気づくと、自分に腹が立つんだよな」
S「そうなんです」
遥「『なんであのとき言えなかったんだ』って」
S「はい」
遥「でも、そこまで自分を責めると、相手にされたことより、自分が言えなかったことの方が大きくなってくる」
S「……あ」
日下部「そこは分けた方がいい」
S「はい」
日下部「相手が何をしたか。
自分がその場で何を言ったか。
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ruruha
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きゆう
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後からどう感じたか。
三つとも別だ」
S「……」
日下部「自分が言わなかったことを理由に、相手のしたことまで無かったことにする必要はない」
S「でも、相手からしたら『嫌じゃなかったんだ』って思いますよね」
蓮司「思うかもしれない」
S「じゃあ……」
蓮司「だから、今後どうするかは伝えればいい」
S「今後?」
蓮司「『前にこういうことされたとき、その場では何も言えなかったけど、後から嫌だった』」
S「……」
蓮司「これでいい」
S「そんな簡単に言えないです」
蓮司「別に簡単だとは言ってない」
S「……」
蓮司「でも、『言えなかったからもう何も言えない』にする必要はない」
遥「あと、今さら言うのが変っていうのも、俺はそんなに変だと思わない」
S「でも時間が経ってます」
遥「時間が経ったから、嫌じゃなくなるわけじゃないし」
S「……」
遥「むしろ時間が経っても残ってるなら、それだけ引っかかってるってことなんじゃないかな」
S「そうかもしれません」
遥「ただ、言うかどうかは自分で決めていいと思う」
S「言わなくてもいい?」
日下部「それも選択肢だ」
S「……」
日下部「言うことが正解で、言わないことが間違いという話ではない。
ただ、言わないなら『自分が悪かったから我慢する』で終わらせる必要はない」
S「じゃあ、どうすれば……」
日下部「今後その相手とどう接したいかを考えればいい」
S「……」
日下部「距離を置く。普通に接する。次に同じことをされたら言う。必要なら誰かに相談する。
その中から選べばいい」
S「……『あのとき言えなかった自分』を許せなくても?」
遥「今すぐ許さなくてもいいと思う」
S「え?」
遥「無理に『あのときの自分も仕方なかった』って納得しなくてもいい」
S「……」
遥「悔しいなら悔しいままでいいんじゃないかな。
言いたかったのに言えなかった。嫌だったのに笑った。今でも思い出す。それは事実だから」
蓮司「ただし、そこから『だから自分は何もできない人間だ』まで広げるな」
S「……」
蓮司「一回言えなかったことと、これからも何も言えないことは別だ」
S「……はい」
蓮司「過去の一回を、今後全部の判定に使うな」
S「それ、すごく分かります」
蓮司「だろ」
S「一回できなかっただけなのに、『どうせまたできない』って思います」
蓮司「それも勝手に決めてる」
S「……」
蓮司「次に言えるかどうかは、そのときにならないと分からない」
日下部「前回できなかったことが、次回もできないとは限らない」
S「……」
日下部「逆に、次も言えなかったとしても、それだけで全部終わるわけでもない」
S「逃げ道を残していいんですか?」
日下部「逃げ道というより、選択肢だ」
S「……」
日下部「その場で言う。後から言う。誰かに相談する。距離を取る。何もしない。
全部、状況によって使い分ければいい」
S「何もしないのも?」
日下部「何もしないことと、我慢していることは同じではない」
S「……どう違うんですか?」
日下部「自分で決めて何もしないのか、怖くて何もできないのか」
S「……」
日下部「そこは自分で分かっていればいい」
遥「それ、結構大事かも」
S「……」
遥「『何もしなかった』だけ見ると、自分が全部受け身だったみたいに思うけど。
本当は、そのときどうするか考えてたんだよな」
S「はい」
遥「ただ、選んだのが『その場では言わない』だった」
S「……そうです」
遥「だったら、その選択が今は合わなくなったなら、あとから変えてもいいんじゃないかな」
S「……あとから変える」
遥「うん」
S「そんなことしていいんですか」
蓮司「人間関係って、契約書じゃないんだから」
S「……」
蓮司「一回黙ったら一生黙ってなきゃいけないなんてルールない」
S「……それ、ちょっと楽です」
日下部「なら、それでいい」
S「……次に会ったとき、もし普通に話しかけられたら」
遥「普通に返してもいいし、少し距離を取ってもいい」
S「もし、また同じことをされたら」
日下部「そのときは、そのときの自分ができる方法を使えばいい」
S「……はい」
蓮司「ただ、『前に言えなかったから今回も黙るしかない』にはするな」
S「分かりました」
遥「前の自分ができなかったことを、今の自分までできないことにしなくていいと思う」
S「……」
少し考えてから、Sは相談用紙を折った。
S「今日、家に帰ったら……一回、何が嫌だったのか書いてみます」
日下部「それでいい」
S「相手に言うかどうかは、そのあと考えます」
蓮司「その順番なら、自分で決められるな」
S「はい」
遥「それなら、たぶん前とは少し違う」
S「……ありがとうございました」
扉が閉まる。
蓮司「『あのとき言えばよかった』って、結構残るよな」
遥「……残る」
日下部「でも、過去に戻る必要はない」
遥「うん」
日下部「今から何をするかは決められる」
蓮司「それが一番難しいんだけどな」
遥「……でも、過去の自分をずっと裁くよりは、そっちの方がいいかもしれない」
🗝 三人からのことば
遥
その場で言えなかったからって、嫌だった気持ちまで無かったことにはならない。
「あのとき言えなかった自分」を責め続けるより、今どうしたいかを考えていい。
蓮司
一度できなかったことを、「これからもできない」に変えるな。
過去の一回は、これからの全部を決める材料じゃない。
日下部
その場で言う。後から言う。距離を置く。相談する。何もしない。
状況に合わせて選べばいい。過去の選択を、今後も同じように続ける必要はない。
コメント
1件
うわ〜〜これめっちゃ分かる…!!😭💦 「その場で言えなかった」って後からめっちゃ後悔するやつ、私もあるから読んでて胸がギュッてなった…。 でも「過去の一回で全部決めなくていい」って蓮司くんの言葉、めっちゃ沁みた…そうそう、そうなんだよ!! 日下部さんの「何もしないことと我慢は違う」もグサッときた…。 この話、読んでるだけでちょっと救われた気持ちになる…ありがとうございます!!