華子は今日一日美咲にいびられて最悪の気分だったのに、今はなぜかルンルンしていた。
本間に励まされすっかり元気を取り戻していた。
(よしっ、負けないわよっ! このくらいの事でへこたれる華子様じゃないんだから)
華子は心の中でそう呟くと、颯爽と歩き始めた。
その時華子の携帯が鳴る。
電話は陸からだった。
「もしもし? どうしたの?」
「今日もジム行くだろう?」
「うん、そのつもり」
「俺も一緒に行くけど、その前にアレ買って来てくれよ」
「アレ?」
「ほら、イタリアン弁当、美味しいって言ってた」
「あっ、あれね」
「冷めても美味しいって言ってたよな?」
「うん、そうよ。少しチンすれば出来立てみたいな美味しさなの」
「じゃあ、それを俺と君の分二つ買って来てくれ。ジムから戻ったら一緒に食べよう」
「わかったわ。じゃあね」
「おっと、まだ切るなよ。で、今日は大丈夫だったか?」
「何が?」
「何がって、仕事だよ」
「あ、う、うん…」
「大丈夫じゃなかったんだな」
「ちょっとねー、キツイ人が一人いるなんて知らなかったわよ」
華子は正直に言う。
「だろうな。前のバイトもおそらく彼女が原因で辞めちゃったんだよ」
「私だけじゃなかったんだ」
「うん、君の前に入った子が三日で辞めちゃってさ…」
そこで華子は少し考えてから言った。
「その人は女性? いくつくらいの人?」
「31歳の女性だ」
「その人独身?」
「確かそうだったと思う…」
「ふーん、なるほどね…」
「なるほどって、なんだよ」
「はっきり分かったらそのうち教えてあげるわよ。じゃあね」
ツーーーツーーーツーーー
突然電話を切られた陸は、
「いきなり切りやがって…はっきりわかったらって一体何だよ…ったく…」
拓はブツブツ呟きながらスマホをじっと見つめる。
その日、陸と華子は一緒にジムへ行き汗を流してからマンションへ戻って来た。
シャワーはジムで済ませて来たので、華子は家に帰るとすぐにキッチンへ行きイタリアン弁当をレンジで温め始めた。
「2分10秒ぴったりで温めてねって言われたのよ。それ以上でもそれ以下でも駄目なんですって」
華子はそう言って真剣な表情でレンジを見ている。
その様子が可笑しくて、思わず陸の顔が緩む。
「そういや、体重はどうだったか? 減ってたか?」
「それがねぇ、なんと既に2キロも瘦せちゃったー! 奇跡でしょう?」
あまりにも嬉しそうに喜ぶ華子を見て、陸はまた笑いそうになる。
華子は日に日に元気になっていたので、陸はホッとしていた。
チーン
弁当が温まったので華子はテーブルに料理を運んだ。
それと一緒に、水の入ったグラスも持って行き、テーブルの真ん中へ置いた。
グラスの水には本間にもらったデンファレの花が浮いていた。
「これは?」
「さっき、帰り際に本間さんがくれたの」
「へぇ、そうなんだ…」
陸は驚いた顔をしていたが、それ以上何も言わなかった。
今日の弁当のメニューは、
●黒毛和牛ホホ肉の赤ワイン煮込み
●旬の野菜のグラタン
●白身魚のフリット
ジムで運動した後にそれだけでは足りないと思った華子は、追加でパスタも注文していた。
今日のパスタはアラビアータだった。
「おっ、パスタもあるのか」
「うん、足りないと思ったから追加で買っておいたわ」
「気が利くなぁ、ヨシヨシ…」
陸がそんな言葉を使ったのを初めて聞いたので、華子は思わずフフッと笑う。
そこで陸が思い出したように言った。
「そうだ、代金を払わないとな…」
陸は椅子から立ち上がり財布を取りに行こうとしたので、華子はそれを制止する。
「いらないわ。前にあなたからいただいたお金で買ったから」
「そう? でも大丈夫か?」
「大丈夫よ。食べ物以外何も買ってないし…」
華子はそう答えると、今度は華子が何かを思い出したように、
「アッ!」
と叫んで立ち上がった。
そして慌ててキッチンへ行くと、冷蔵庫から何かを取り出してきた。
「今日はいっぱい買ってくれたからって、おまけでティラミスも貰っちゃった。後で食べましょう」
満面の笑みで華子が言うのを見て陸は思わず噴き出す。
「おいおい、折角ジムで痩せたのに食事で太るんじゃないか?」
「いいのいいの、甘い物は別腹だから」
華子は全く気にする様子もなく、ティラミスを冷蔵庫へ入れに行った。
「折角だからワインでも開けるか」
そう言って陸はキッチンへ行くと、棚の扉を開けた。
すると棚の中にはコンパクトなワインセラーが備え付けられていた。
「えっ? ワインセラーもあるの?」
「ああ。そういやなんか冷蔵庫にワイン入れたか?」
「あっ、忘れてた! あれも赤ワインよ」
「安物のワインだろう? こっちの方が絶対ウマい! 今日はこっちにしよう」
そう言って、陸は高そうな赤ワインを一本取り出す。
「なんだ! 高級ワインがいっぱいあるのならコンビニのなんて買わなきゃよかったわ」
「教えとけば良かったな。今度からはこっちのも飲んでいいぞ」
「うん…でもここにいるのもあと一日だから、多分もう飲まないわ」
「そっか…」
陸はそう言うと何かを考えこんでいる様子だった。
その時二人は、今のこの生活はあと一日で終わるのだと認識していた。
それから二人は乾杯をしてから美味しそうなイタリアン弁当を食べ始める。
「マジで美味いな…」
「でしょう? 彼女が店を持ったら絶対に流行るわ!」
「いくつくらいの女性だって?」
「多分私と同じくらい。高校を出てすぐにイタリアに行ったんだって」
「で、十年くらい修行をして帰って来たのか…」
「うん、そう…あ、これもおいしー」
華子は美味しそうにパクパクと食べている。
「あっ、そう言えば、今日本間さんが花をくれた時にちょっと馳走になったわ」
「ご馳走?」
「うん。味見してくれないかって言われたの。カクテルグラスに入ったアボカドとエビのやつ。すごく美味しかったー」
「本間さん自らそう言ったのか? だったら華子は気に入られたんだな」
その時、陸が『華子』と呼び捨てにしたので、華子はドキッとした。
しかしそれを陸に悟られないようにすまして言った。
「そうなの?」
「ああ。本間さんは普段から物静かだから、自分から声をかけるなんてほとんどないんじゃないかな。その上味見もだろう?
よっぽど気に入られたんじゃないか?」
「そうなのかな…?」
その時華子は優しい笑みを浮かべる本間の顔を思い出していた。
コメント
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同居生活にもすっかり慣れ、お互いに 安らぎや心地よさを感じている様子の二人🍀 世代が違い 年齢差もあるのに、 お互い良い意味で遠慮がなく 会話も自然でイイ感じ.... 仲良くジムで汗を流し、食の趣味も合うみたい🍝🍷 本当に引っ越ししちゃうのかなぁ⁉️😔ウーム...
華子が痩せるのと同時に過去のしがらみも落ちて人的に軽やかでスマートな人柄になってるね✨ それに華子も陸さんもここに居るのが日常になってきてるから離れることに少し淋しさを抱いてるよね⁉️ そして美咲の華子への嫉妬も陸さんに伝えたら陸さんはどう変わるのかな⁉️🤭💓ワクワクo(^o^)o