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#デートDV
#幼なじみ
#恋愛
週が明けての昼休み。
さて弁当を開こうかというタイミングで、わたしの机の脇に誰かが立った。
顔を上げたそこにいたのは、クラスメイトの久保田諒君だ。
早速来た、と思った。
一昨日の休日の午後、偶然彼と街中で遭遇した。その時わたしは、仲良しの従妹、瑞月ちゃんと一緒にいた。
この春、わたしと久保田君は同じクラスになったばかりで、まだそれほど彼との関わり合いはない。それなのに、その日の彼は最初から最後まで、わたしに対してなぜか敵意丸出しの態度だった。
その理由はすぐに分かった。だから、瑞月ちゃんを家まで送り届けた時の別れ際に、わたしは彼女にそっと耳打ちしたんだ。彼にだけはわたしの秘密を打ち明けてもいいよ、って。
だってそうでもしないと、彼の誤解はなかなか解けないだろうと思えたし、少なくともこの先の一年間、彼から敵意を向けられたまま、クラスメイトでいるのも嫌だった。瑞月ちゃんの幼馴染であるなら、できれば仲良くしたいとも思う。
それに、久保田君のことは、時々瑞月ちゃんから話を聞いていて、彼がどういう人か知っていた。信用できそうな人だと感じていたから、わたしの秘密を知ったとしても、軽々しく周りに話すようなことはしないはずだと、確信のようなものがあった。
そして今、こうやってわたしの元にやって来たということは、瑞月ちゃんから例の話を聞いてのことだろう。
「瑞月ちゃんから、話、聞いた?」
わたしは彼ににっこりと笑いかけた。
しかし、彼の表情は固い。
「そのことだけど、ちょっと、屋上までいいか?」
「え?どうして?」
わたしは首を傾げた。瑞月ちゃんからすでに話を聞いているのなら、「聞いた」の一言で済ませてもいいはずだ。
ところが久保田君は、有無を言わさぬような空気を周りに漂わせている。
「話がある」
私は肩をすくめて小さくため息をつく。
「分かったよ。ついでに屋上で食べちゃうから、ちょっと待ってて」
開けかけていたランチボックスの蓋を元通りに閉め、ランチバッグに入れ直した。それを持って、わたしは久保田君の後に着いて教室を後にした。
屋上には誰もいなかった。
わたしは適当に腰を下ろして、ランチボックスを開いた。すぐ近くに突っ立っている久保田君に声をかける。
「お昼ご飯は食堂?それともお弁当?」
「今朝途中のコンビニで、パン買って来た。後で喰う。ところで、高山」
卵焼きを箸でつまみ上げて口に入れたところで、久保田君が話を切り出してきた。
「一昨日の帰り際、瑞月になんか言ってただろ。あの後すぐに瑞月に聞いたけど、お前に直接聞いた方がいいって言うんだ。いったい何の話、してたんだよ」
わたしは卵焼きをごくんと飲み込んでから、改めて久保田君に視線を向けた。
おやおや。もう眉間にしわが寄っちゃってるよ。瑞月ちゃん、あの時話さなかったのか。話していいって言ったんだけどな。彼女は真面目な子だから、たぶん気を回したんだな。他人が言うよりは、本人が言った方がいいはずだって。だから久保田君はずっと誤解したままで、今日までやきもきしてたんだろうなぁ。瑞月ちゃんも罪なことするよね。
心の中で考えたことが、顔に出てしまった。
わたしの苦笑を見て、久保田君は不機嫌な顔をする。
「何がおかしいんだよ」
「いや、別に笑ったわけじゃないよ。まぁ、落ち着いて」
「俺は落ち着いてる。それよりも早く話せよ」
「やだなぁ。人にものを訊ねるのに、その言い方ってどうなの?感じ悪いよ。このこと、瑞月ちゃんに言ったら、どんな顔をするかな」
ため息混じりにわざとらしく言ってみた。
すると、久保田君は明らかに動揺した。
「いや、えぇと。すまない。教えてほしい……」
「うわっ、素直。瑞月ちゃんの前ではいい人でいたいってこと?」
つい皮肉ってしまい、久保田君にじろりと睨まれてしまった。
「ごめん、ごめん。この前もそうだったけど、久保田君って、思っていた以上に分かりやすいんだねぇ。まぁ、いいや。瑞月ちゃんと何を話してたかってことだよね」
本題に入る前に、わたしは久保田君の目を真っすぐに見た。
「これから言うことは、俺と瑞月ちゃんと久保田君の三人の秘密にしておいてほしいんだ」
「秘密?」
「そう。今はまだ、瑞月ちゃんにしか打ち明けていないことだから」
「ふぅん?」
久保田君は訝し気に首を傾げたが、結局は首を縦に振る。
「分かった。約束する」
箸を置いた後、わたしはおもむろに口を開き、自分の秘密を彼に告げる。
「俺の恋愛対象はね、同性なんだ」
どうしてだろう、緊張せずにするりと言葉にできた。
「同性?……そうなのか」
久保田君は短く言ったきり、しばらく考え込むように沈黙していたが、次に口を開いた時には納得した顔をして神妙に頷く。
「なるほどな。ってことは、瑞月は恋愛対象じゃないってことなんだな」
「ま、そういうことだね。っていうか、驚かないんだ?その、俺が……」
久保田君は目を見開いてわたしを見た。
「驚くって、恋愛対象の話か?どうして?」
訊き返されて、むしろわたしの方がおどおどしてしまう。
「え、いや、だって普通の人はたぶん、気持ち悪いとか思うんじゃないかな、って……」
「そういう人もいるかもだけど、俺は特に何とも思わないな。別にいいんじゃないのか。どんな人を好きになったって。それより、今の話は本当なんだな?高山にとって、瑞月は『いとこ』でしかないってことでいいんだよな?」
「う、うん」
答えながら、わたしは瞬きを繰り返した。久保田君にとって重要なのは、瑞月ちゃんがわたしの恋愛対象者ではないということであって、わたしが好きになるのは同性だという打ち明け話は、彼の中では些末なことらしい。そのことに驚き、続いてはたと気がついた。瑞月ちゃんの他にも、わたしという人間をすんなりと受け入れてくれる人は、確かに存在するのだ。
「高山、色々と悪かったな。一昨日も嫌な態度を取ってしまってすまなかった。あとさ、本当はそのこと、俺なんかには知られたくなかったんじゃないのか?それなのに、言わせるようなことになって、ほんと、ごめんな」
久保田君はわたしに向かって頭を下げた。
「い、いいよ、そんなの。それにさ、なぜか久保田君には知られてもいいかな、って気になったんだよね。瑞月ちゃんが信頼している人だからかな。むしろ、聞きたくないようなことを聞かせちゃって、こっちこそごめん」
わたしも彼に頭を下げた。
顔を上げたのは同じようなタイミングだった。お互いに顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出す。
「とにかく、これで誤解を解いてもらえたんなら良かったよ。これを機に、っていうのもなんだけど、仲良くしてもらえたら嬉しいよ。俺たちが仲良くなることは、瑞月ちゃんの望みでもあったみたいだしね」
わたしは笑いながら久保田君に手を差し出した。
「そう言えばそうだったな。改めてよろしく」
わたしの手を握り返す彼の表情は、憂いが晴れたせいかひどくすっきりとして見えた。
「じゃ、俺、教室に戻るよ」
「うん。……あ、そうだ。久保田君」
「何?」
振り向いた彼に、わたしはにやりと笑って見せる。
「何かあったらいつでも相談して。幼馴染なら知ってるかもだけど、瑞月ちゃんって、『そういうこと』には相当鈍いみたいだからさ。頑張って」
「べ、別にそういうんじゃ……」
久保田君は狼狽えた。
瑞月ちゃんに対して『そういう気持ち』を持っているから、わたしとの関係がひどく気になったんだろうにと、笑いがこみあげてきそうになる。しかしそれを抑えて、私は微笑む。
「隠さなくてもいいよ。それに、このことは誰にも言わない。いつか『そういうふう』になった時には力になるよ」
「力に、って……。あのなぁ」
久保田君の表情はくるくると変わる。女子たちは、クールな感じが素敵とキャアキャア言っていたが、今の彼を見たら、そのギャップに身悶えでもしそうだ。
「ところで久保田君。お昼食べる時間、大丈夫?」
「あっ、やばっ。じゃあまたな」
彼は急いでドアの方に足を向けた。しかしすぐに立ち止まり、振り返る。
「高山の話も誰にも言わない。約束する」
彼は真剣な面持ちで言ってから、ドアの向こうに消えて行った。
彼の後ろ姿が消えた先を見つめて、わたしはしみじみとしたつぶやきをもらす。
「いい人だなぁ。瑞月ちゃんとうまくいってほしいな」
だけど、と思う。相手はあの瑞月ちゃんだ。彼の恋路は、彼女が相手ではなかなか手強いだろう。今後のあの二人を見守っていてあげたい気持ちになり、心の中で、久保田君、頑張れと、エールを送る。
「さてと。早く食べて、わたしも戻ろうかな」
わたしはもぐもぐと口を動かしながら、空を見上げた。爽やかな青が目に気持ちいい。
素の自分を見せても大丈夫だと思える人が、また一人増えたと思えたからなのか。頭上の青空にふわりと浮かんだ雲のように、わたしの心も軽やかだった。
(了)
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