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校門を出る直前、遥の背後から、軽い足音が近づいた。
「遥」
呼び方は、いつも通りだった。
近すぎもしない。
遠すぎもしない。
振り向くと、蓮司は笑っていない。
でも、困ってもいない。
「さっきさ。教室、見た」
それだけ。
(……見てた)
胸が、きゅっと縮む。
「大変そうだね。でも――」
一拍、間が置かれる。
その“間”が、わざとだと分かる。
「もう、役割は終わったと思うよ」
遥の中で、音が消える。
(……役割)
「これ以上いるとさ。
周りも、判断しづらいでしょ」
責めていない。
怒ってもいない。
整理しているだけ。
「無理に残るの、優しさじゃないし。
かといって、守られる位置でもない」
遥は、何も言えない。
蓮司は一歩も近づかない。
逃げ道を塞がない代わりに、
戻る道を消す。
「消えるってさ、逃げじゃない場合もあるよ」
声は低い。
柔らかい。
「空気を良くする選択、ってだけ」
その瞬間、
遥の中で、“居なくなる”が完全に肯定される。
(……正解なんだ)
今まで浴びせられてきた言葉、
殴打、排除、無視。
それら全部が、
この一言に意味づけされる。
蓮司は、最後に付け足す。
「日下部もさ。たぶん、分かってると思う」
それが、
とどめだった。
“誰も止めない”
“誰も困らない”
そう、確定させる言葉。
「じゃ」
軽く手を振って、
蓮司は校舎に戻っていく。
夕暮れの中に、
遥だけが残る。
(……ああ)
頭の中が、不思議なほど静かだった。
怖くない。
悲しくもない。
(これで、終われる)
“居なくなってほしい”
“役割は終わった”
“空気を良くする選択”
それらが、
生きる理由を全部、塗り替えていく。
遥は、ゆっくり歩き出す。
帰る方向とは、逆に。