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第十一章 月の故郷
第六話 導かれる月
5人が目を覚ました頃には、すでに日が傾きかけていた。
窓から差し込む夕陽が部屋を橙色に染めている。
ジントもだいぶ顔色が良くなっていた。
まだ少し疲労は残っているものの、呼吸も落ち着き、しっかり起き上がれるまで回復している。
「よかったぁ……ほんと心配したんだからねぇ」
おかみさんが目を細める。
テーブルには温かな食事が並べられていた。
焼きたてのパン。
具沢山のスープ。
香草で味付けされた肉料理。
素朴だが、どれも驚くほど美味しい。
「ゆっくり休めたかい?」
主人が穏やかに笑う。
「うん。ありがとう」
ジントが小さく微笑むと、おかみさんは安心したように何度も頷いた。
娘もちらちらとシュンタの方を見ている。
視線に気付いたシュンタが、にっと笑った。
「なんや、そんな見つめられると照れるわぁ」
「っ!!」
娘は一瞬で真っ赤になり、慌てて俯く。
ダイチが呆れた顔をした。
「お前ほんま悪いな……」
「元気になって何よりやん?」
楽しそうに笑うシュンタ。
食事を終え、出発の準備を整える。
宿屋の家族は名残惜しそうに5人を見送ってくれた。
「皆さん、本当にありがとうございました」
主人が深く頭を下げる。
おかみさんも目を潤ませている。
「また近くに来たら寄るんだよ!」
「その時はもっとゆっくりしていきな!」
娘は最後まで恥ずかしそうにシュンタを見ていた。
5人は笑いながら手を振り、ミストア村を後にする。
――南の森。
一本道が森の奥へ真っ直ぐ伸びていた。
この先はラディスへ繋がっている。
木々の隙間から差し込む夕陽が、道を赤く照らしていた。
ダイチが目を細める。
「……みんな、元気かな」
どこか懐かしむような声だった。
ラディス。
薬屋。
いつもの街並み。
何気ない日常。
ジントも遠く道の先を見つめる。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
ーーー
昨晩、大量の瘴気を吸収した影響か、満月を迎えたというのに周囲には魔物の気配がまるでない。
異様なほど静かな森だった。
「でもまぁ、闇雲に探して見つかるもんなん?」
シュンタが辺りを見回しながら言う。
「ジント、何か感じるか?」
ハヤトが尋ねる。ジントは少し考え込み、首を横に振った。
「……うーん、まだよくわからない」
空を見上げる。
満月はまだ低い位置にあり、夕焼けの残る空の中でぼんやりと輝いていた。
5人はそのまま馬を進める。
森は静かだった。
時折風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが響く。
やがて時間が過ぎるにつれ、月はゆっくりと頭上高く昇っていく。
強くなった月光が、森を青白く照らし始めた。
その時だった。
「……こっちだ」
ジントがふいに振り返る。
「え?」
ダイチが目を丸くした。
ジントは迷いなく後方を指差している。
「今来た道を戻るん?」
「うん。こっち」
まるで何かに導かれているようだった。
ハヤト達は顔を見合わせる。
だが誰も異論は言わない。
ダイチが手綱を引き、馬を旋回させた。
来た道を戻っていく。
しばらく進んだその時。
「……あれ?」
シュンタが声を上げる。
道が二手に分かれていた。
先ほど通った時には、確かに無かったはずの道。
森の奥へ続く細い獣道のようなそれは、月光を浴びてぼんやりと淡く光っている。
「え……!?こんなんさっき無かったよな!?」
ダイチが驚いて目を見開く。
ジュウタロウが静かに空を見上げた。
「……満月の光で現れるのか」
森全体が静まり返っている。
まるで、この道だけが違う世界へ繋がっているようだった。
ジントが小さく呟く。
「……行こう」
その声に、一同は静かに頷いた。
5人は細い道へ馬を進める。
道は奇妙だった。
大きく曲がったかと思えば、急に糸のように細くなる。
木々が月光を遮る度に道を見失いそうになる。
迷路に迷い込んだような気分だった。
まるで森そのものに試されているかなように。
誰も喋らない。
ただ静かに進んでいく。
やがて道の先に、ぼんやりと小さな石が見えた。
膝丈ほどの高さ。
近付いた瞬間、全員が息を呑む。
それは、白霧山の山頂にあったものとよく似た石碑だった。
ジントは静かに馬を降りる。
吸い寄せられるように近付き、刻まれた文字を見る。
『銀月、天を満たす時
* 闇を宿す者、現れん』*
『その身に全てを受け
* やがて月へ還る』*
『それは終わりにあらず』
『世界の巡りを戻すための
* 始まりなり』*
同じ文言。
ハヤトが低く呟く。
「何か繋がっているのか……」
ジントはゆっくりと石碑へ手を伸ばした。
指先が触れた、その瞬間。
――ドクン。
まるで心臓が脈打つように、石碑が淡く光を放った。
同時に、森の空気が静かに震えた。
次の瞬間、石碑のさらに奥。
木々の隙間から、ぼんやりと白い建物が浮かび上がる。
「………!」
5人は思わず息を呑んだ。
月光に照らされたそれは、石造りの小さな家だった。
さらにその奥にもいくつか建物が見える。
白い壁。
青白い月光。
静まり返った森。
まるで今まで隠されていた世界が、満月によって姿を現したかのようだった。
「ここが……」
ハヤトが静かに呟く。
「月の一族の隠れ里か……」
5人は近くの木へ馬を繋ぐ。
そして、崩れた石門の跡と思われる場所を通り抜けた。
半ば崩壊した白い石柱。
そこには、月蝕記や白霧山の石碑にも刻まれていた月の紋章が残っている。
ジントがそっと指先でなぞった。
冷たい感触。
誰にも触れられず、長い年月を過ごしてきたようだった。
集落の中へ足を踏み入れる。
だが。
「……誰も、おらへんな」
ダイチが小声で言う。
家々の窓に灯りはない。
人の気配もない。
壁や屋根は所々崩れ落ち、草木が建物へ絡みついている。
伸び放題になった草は戸口を覆い、石畳には苔が広がっていた。
長い間、誰にも手入れされていないことが一目で分かる。
「かなり昔に放棄されたようだな……」
ジュウタロウが静かに辺りを見回す。
その足元には、割れた食器の欠片が埋もれていた。
風化した木製の椅子。
崩れた井戸。
朽ちた荷車。
生活の痕跡だけが、時間の中へ取り残されている。
そして所々、壁や石畳には黒く抉れたような傷跡が残っていた。
鋭い爪で引き裂かれたような跡。
焼け焦げ。
砕けた結界石の残骸。
ハヤトの表情が険しくなる。
「……魔物の襲撃か」
誰も答えない。
だが全員、同じことを感じていた。
ここはただ滅びたのではない。
“襲われた”のだ。
しかもかなり昔に。
辺りは異様なほど静まり返っていた。
聞こえるのは、5人が枯葉を踏む音だけ。
――ザッ……ザッ……
その音が、やけに大きく響く。
ダイチは落ち着かない様子で辺りを見回していた。
「なんか……嫌な感じするわ……」
「ダイちゃん怖いん?」
シュンタがニヤニヤする。
「ちゃうわ!」
言い返した、その時だった。
ダイチの視線が、ある建物の奥で止まる。
白い影が、さっと建物の奥を横切った。
「――っ!!」
ダイチの身体が固まる。
一瞬だった。
けれど、確かに見えた。
白い衣。
長い髪のようなもの。
そして、こちらを伺うような視線。
「い、今……誰かおった……」
ダイチは震える指で建物の奥を指さしている。
その声は、いつもの調子とは違っていた。
シュンタが笑いかけようとしてやめる。
ダイチの顔が本気だったからだ。
ジュウタロウは無言で細剣へ手を掛け、その建物へ歩み寄った。
崩れた石壁の裏。
朽ちた木箱。
そして
「……誰もいないようだが」
静かな声。
「で、でも確かにおったんやって!」
ダイチが奥を見る。
そこには何もない。
それでもなぜか、そこだけ空気が違うような気がした。
まるで誰かが今までそこに立っていたかのような。
ダイチはいつの間にかジントの腕へしがみついている。
「なんか変なもん見たんとちゃう?」
シュンタが吹き出す。
「見間違いやあらへん!!」
「ダイちゃん案外ビビりやなぁ」
「うるさい!!」
騒ぐ二人を横目に、ハヤトは周囲を見渡した。
確かに妙な静けさだった。
森の音すら聞こえない。
まるで、この場所だけ世界から切り離されているような。
「……とりあえず、もう少し進んでみよう」
その言葉に、一同は再び歩き始めた。
やがて、集落の最奥と思われる場所へ辿り着く。
そこで5人は足を止めた。
「あっ……!」
シュンタが声を上げる。
「灯り……!」
そこに建っていたのは、一際大きな白い建物だった。
教会のような造り。
高い尖塔。
大きな両開きの扉。
その上部には、巨大な月の紋章が刻まれている。
そして左右の小さな窓から、僅かに灯りが漏れていた。
この廃墟の中で、そこだけが生きている。
5人は顔を見合わせる。
ゆっくりと石段を登る。
夜風が白い衣服を揺らす。
そしてハヤトが、静かに扉へ手を掛けた。
コメント
3件
罪な男ですね、シュンタは。誰彼構わず惹きつけてしまう彼に、愛する人ができる日は来るのかな…?
うわ、ついに来たね…月の一族の隠れ里。石碑に刻まれた文言が白霧山のと完全に同じで、もうこれは世界全体で繋がってる伏線だよね。廃墟の中で唯一灯りのともる教会みたいな建物、めちゃくちゃ気になる…。ダイチが白い影を見た場面もゾクッとしたし、でもすぐにシュンタがからかって和む空気がまた良かった。comiさんの廃墟描写、苔や割れた食器の細かい感じがすごく生々しくて引き込まれました。続き、早く読みたい!