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椅子を引き、机を並べ替える音が、誰の合図でもなく始まる。窓が閉められ、カーテンが引かれた。
空気が、密室に変わる。
床に、新聞紙。
机の上に、ポリ袋から取り出されたビニール手袋。
スマホが三台、録画モードに切り替えられる。
誰もが笑っている──“冗談の顔”を貼り付けたまま。
遥は、言われるままに立った。
何も言わず、何も抗わず、足を引きずりながら輪の中心へ。
(……なんだこれ)
日下部の喉が乾く。
全身の皮膚が、静電気に触れたようにざわついた。
誰かが遥の制服を引き裂くように開き、ネクタイを外した。
指が、シャツのボタンを一つずつ、機械のように外していく。
「なあ、今日はさ。ちょっと“ちゃんと”させようぜ」
誰かが言った。
冗談みたいな声。でも、目は笑っていなかった。
「いつも中途半端なんだよね、こいつ」
誰かが頬を叩いた。
乾いた音。遥は顔を横に向けただけで、泣きもしない。
「──ほら、舌、使えよ。いつものみたいに」
誰かがズボンのチャックを下ろした。
日下部は、足を一歩、前に出しかけた。
でもそのとき──
遥の目が、動いた。
誰にも見えない角度で、ほんの一瞬だけ、日下部の方を見た。
(……やめろ)
声はなかった。でも、そう聞こえた。
いや──違う。
(見るな)
そう言っていた。
唇が押し当てられ、指が頭を押さえつけ、髪をつかまれる。
笑い声。
録画ボタンを確認する音。
遥は目を閉じたまま、顔の筋肉すら動かさない。
何かが、日下部の中で、折れた。
(これを、見て──まだ、何もしねぇのか)
拳が震えた。
でも、動けなかった。
“壊れた”という事実が、あまりにも強すぎて。
遥の口元から、唾液と血が垂れる。
けれど、誰も気にしない。
それが“ルール”だった。
ふと、視線が合う。
遥は口をふさがれたまま、確かに笑った。
(──壊れてんのは、オレじゃなくて、“おまえ”だろ)
そんなふうに。
日下部は、その場から逃げた。
駆け出しもせず、叫びもせず、ただ背を向けて。
その夜、スマホの通知が鳴った。
──《動画、見る? 送ってあげようか?》
無記名のメッセージ。
でも、誰が送ったかなんて、もうどうでもよかった。
(見た。全部。見た)
日下部は、自分の部屋の壁を、黙って殴りつけた。