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翌日瑠璃子は午後からの出勤だった。この日は初めての夜勤だった。


病院に着いて着替えを済ませると5階へ向かう。

会計の前を通った時最近仲良くなった医療事務の女性から3階へ書類を届けて欲しいと頼まれたので、瑠璃子は快く引き受け3階へ寄った。


手術室の隣の受付で書類を渡そうとすると担当者が来るまで待たされる。

待っている間何気なく隣の手術室を見ると『手術中』の赤いランプが点灯していた。

手術室前の椅子には患者の家族と思われる3名が心配そうな表情で座っていた。


その時フッと赤いランプが消え、手術室から大輔が出て来た。

マスクを外しながら歩いて来る大輔の額には汗が光っている。おそらく長時間にわたる手術だったのだろう。

大輔は家族に手術の説明を始めた。安心させるような穏やかな声だった。

その時話を聞いていた70代くらいの女性が突然泣き出す。そして泣きながら大輔に言った。


「先生、本当にありがとうございました」


泣いている高齢の女性はおそらく患者の妻だろう。女性は肩を震わせて泣きながら深々とお辞儀をする。

すると大輔は女性の身体を抱き起こし背中を優しくトントンと叩いてから言った。


「もう心配ありませんよ。ご主人頑張りましたから麻酔から覚めたら声をかけてあげて下さい」


大輔は笑顔でそう告げるとその場を後にした。


その光景を見ていた瑠璃子は思わず胸が熱くなる。


大輔の患者の家族への接し方はとても思いやりに溢れたものだった。

やはり大輔は瑠璃子が思っていた通りの有能な医師だった。それは技術面だけでなく患者や患者の家族に対する心配りも一流だったのだ。それを目の当たりにした瑠璃子はなんだか嬉しくなる。


(そう言えば岸本先生の笑顔を初めて見たわ)


その時受付に担当者が戻って来たので瑠璃子は書類を渡してから階段へ向かった。

瑠璃子は思わずフフッと笑いながら軽快に階段を上がって行った。



そしていよいよ瑠璃子のこの病院での初めての夜勤がスタートした。


仕事を始めてから午前2時までは何事もなく穏やかに過ぎていった。

今日一緒に夜勤を担当しているのは先輩の木村ともう一人の看護師の3名。瑠璃子は木村がいてくれるので心強かった。


内分泌内科の夜勤は急変はほとんどないので深夜は高齢の入院患者の世話以外はやる事があまりない。

だから看護師達はナースステーションでおやつを食べながらリラックスして過ごす事が多い。

この日も瑠璃子達は医局からの差し入れのクッキーを食べながら雑務をのんびりとこなしていた。


そこへ突然ナースコールの鋭い音が響いた。

部屋番号を見ると糖尿病患者の病室の田辺(たなべ)という患者からのコールだった。

田辺は糖尿病治療で入院中にたまたま胸部大動脈瘤が見つかったので来週手術をする予定になっている。

何か嫌な予感がしたのか先輩の木村は瑠璃子にも一緒に来るよう指示した。

二人が急いで駆けつけると田辺は胸を手で押さえて苦しそうに呻いている。

田辺の異変に気付いた隣の患者がナースコールを押してくれたようだ。


「田辺さん、どうされましたか?」


木村が声をかけると田辺は呻くだけで答えない。


「すぐに外科に連絡して!」


瑠璃子は走ってナースステーションへ戻ると外科に連絡を入れた。

電話に出たのは大輔だった。


「外科の岸本です」

「内科508号室の田辺さんが急変です。お願いします」

「すぐ行きます」


数分後大輔が田辺の部屋へ駆けつけすぐに診察を始める。


「田辺さん、苦しいですか? ここが痛むんですね?」

「ううっっ……」

「CTを撮るので検査室へ運んで下さい。おそらく緊急手術になると思います」


大輔がそう指示を出した。


瑠璃子と木村はすぐに田辺をストレッチャーへ移し3階のCT検査室へ運んだ。検査の結果を見た大輔の判断でその後すぐに緊急手術が行われる事になった。

田辺のストレッチャーを手術担当の看護師に引き継ぐと瑠璃子と木村は漸く5階へ戻った。

ナースステーションへ戻ると木村がホッと息をついてから言った。


「瑠璃ちゃん、初めての夜勤でびっくりだったわね。でも普段はこんな事ってほとんどないのよ。たまたま凄い日に当たっちゃったわね」


木村は瑠璃子を気遣ってくれる。


「急患は救命救急で慣れていたはずなんですが久しぶりだったので緊張しました。田辺さん助かるといいですね」

「きっと大丈夫よ。岸本先生は腕がいいから」


木村はそう言うと瑠璃子の肩をポンと叩いた。


その後瑠璃子は田辺の家に電話をして田辺が緊急手術になった事を伝える。

田辺の家族が病院に到着すると家族待合室へ案内した。

その後瑠璃子達の病棟は何事もなく平和な時間が過ぎていき静かな夜明けを迎えた。


8時半に申し送りが終わるとそこで瑠璃子の初夜勤は終了した。申し送りの際田辺が手術中だと知った日勤の看護師達からは心配の声が上がる。

田辺は自営業の会社の社長をしているせいか人当たりが良くユーモアに溢れているので看護師達からは人気が高い。

看護師達は田辺の事を父親のように慕っていたので誰もが手術の成功を祈った。


ロッカーへ向かう途中瑠璃子は3階の手術室前を通った。

『手術中』のランプはまだ赤く点灯している。

田辺の手術が始まったのは午前2時半で今はもう9時だ。その間大輔はずっと手術に集中している。

外科の医師は技術も必要だがそれと同時に体力も必要だ。

瑠璃子は今も患者の病と闘い続けている大輔の事を本当に凄いなと思った。



その頃大輔の手術は漸く終わりが見えてきた。

田辺の動脈瘤のサイズが思ったよりも小さかった事、そして破裂する一歩手前だった事でなんとか一命を取り留めた。

大輔は最後まで気を抜かずに丁寧に処置を施す。そして手術は午前10時に無事終わった。



医局に戻った大輔を出勤したばかりの長谷川が労う。


「お疲れさん、昨夜は大変だったみたいだな」

「はい、こんなに早く急変するとは思っていなかったので読みが甘かったです」


大輔は少し疲れた様子で窓辺へ行くとコーヒーをカップに入れる。そしてコーヒーを一口飲んでからソファーへ行きゴロンと横になった。


「さすがに長時間手術が2件続くと疲れますよ」


珍しく大輔が弱音を吐いたので長谷川が驚く。


「大輔先生も体力の限界ですか?」

「結構きついです……」


大輔は答えると目を閉じた。

そこで長谷川が穏やかに言った。


「何かこう……日々の生活の中で癒しのようなもの? ホッとするような時間があるとかなり違いますよ」


長谷川は携帯を取り出すと待ち受け画面に映っている愛娘の写真を見つめた。

その瞳には父親としての愛情が溢れている。

そんな長谷川を大輔はうっすらと目を開けて見ていた。


「ま、僕が言っても君は聞く耳を持たないだろうけれどね」


長谷川はハハッと笑いながら医局を後にした。


大輔はソファーに横になったまま一瞬何かを思い浮かべてからすぐにまた目を閉じた。

ラベンダーの丘で逢いましょう

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