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チャイムが鳴った瞬間、教室の空気がまた静まり返った。
教師が出ていくと、いじめの“管理者”たちが自然と集まる。
班長でも委員でもない。ただこのクラスで“権力”を持っている生徒たち。
「今日、昼に失点あったよな?」
男子の一人が、点数表のようなノートをめくる。
そこには――遥の一日の“違反”が記録された表がある。
息が大きかった、歩くのが遅かった、視線を上げた、など。
項目は異常なほど細かく、逃げ場がない。
「じゃ、補修開始。いつもの場所」
遥は連れ出され、使われていない理科準備室へ。
窓は曇りガラス。外からは見えない。
教師が巡回しない“空白の時間帯”に合わせて選ばれた隠れ場所。
扉を閉めると、空気が一気に重くなる。
「ほら、座れ」
床に膝立ち。
イスに座ることは許されない。
“身分が違う”から。
「昼休み、息しただろ。言い訳ある?」
言い訳は許されない。
黙れば黙ったで“無反応”として加点される。
だから、震えた声で小さく答えるしかない。
「……すみません」
その声が出た瞬間、
頬を横からはたかれ、床に倒れ込んだ。
「声、出すなって言ってんのに、出すのはなんで?」
蹴りが腹へ入る。
圧迫で息が止まりかける。
「“無音係”なんだから、声は反則でしょ?」
さらに肋のあたりを蹴られる。
机の脚に肩がぶつかり、鈍い痛みが走る。
それでも声を殺そうとすれば——
「ほら、隠すなよ。痛いなら痛いって言ってみ?」
笑い声。
痛いと言えば“弱音の処罰”、
黙れば“反抗の処罰”。
どちらに転んでも罰という構造。
追い詰められた声が、喉の奥で震える。
「……っ……や、め……」
「お? 言えたじゃん」
ひとりが細長い木の棒(掃除用具の柄)を手に取り、机の上で軽く叩いて音を鳴らす。
「今日はこれで“姿勢直し”ね。立って」
遥は立とうとしたが、腹の痛みでふらついた。
その瞬間、髪を掴まれて持ち上げられる。
「遅ぇんだよ。反抗か?」
「……っ……ご、ごめ……」
謝罪でさえ、まず嘲笑される。
「棒の先、背中に当てとくから。
逃げたら“加算”。動いても“加算”。
そのまま、黙って耐えろ」
棒の先端が、肩甲骨のあたりに押しつけられる。
ぐっと強く押し込み、肉を抉るほどではないが、“逃げられない痛み”を与える程度の圧。
「声、出すなよ? 昼みたいに」
押し込みの強弱で痛みの波が作られ、
遥の息が勝手に漏れる。
「……っ……あ……」
「ほら、出てる。やり直し」
さらに押される。
逃げ道のない痛みは、恐怖よりも“屈辱”を強くえぐってくる。
「……っ」
準備室の外の廊下、
8,101
誰にも気づかれないように足を止めて聞き耳を立てる影がひとつ。
日下部だった。
教室を出て帰るふりをしつつ、
遥が連れ込まれるのを見て、何気なくあとを追ってきた。
部屋の中から微かに漏れる音。
殴られる音ではない。
抑え込んだ呼吸。
噛み殺した声。
助けを求めるでも泣き叫ぶでもない、
“耐える声”。
日下部は拳を握りしめた。
扉を開けたくても開けられない。
理不尽を知っていても止められない。
学校の力関係を崩すことはできない。
それでも――
耳を塞がなかった。
遥が今、どんなふうに痛めつけられているのか。
どれだけ声を殺して堪えているのか。
それを知らないまま通り過ぎることだけは、できなかった。
(……耐えんなよ、そんなの……)
喉まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。
「はい今日の最後、“確認”ね。言え」
「……ッ……」
「“今日の違反は自分の責任です”って言うだけだろ?」
「……きょ、うの……い……はん……は……」
棒の先がさらに押し込まれる。
「責任は?」
「……お、れ……で……す……」
「よし。じゃ、解散」
彼らは軽い笑いとともに部屋を出て行く。
遥はその場に崩れ落ち、動けなくなる。