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翌日、開発室の空気はいつもより乾いていた。
ディトは机に部品を並べ、黙々と検証記録を書いている。クリストルンは昨日のことを引きずったまま、布サンプルの箱を運び込んだ。
「顔が暗い」
いきなり言われて、クリストルンはむっとする。
「開発室って顔色検査もあるんですか」
「ある。暗い顔の人間は、だいたい手元をミスる」
言い返せず、クリストルンは箱を置いた。
ディトはしばらく作業を続けていたが、やがて工具を置く。
「おまえ、どこまで知った」
「何をですか」
「父親のことだ」
クリストルンは息を止めた。
「……少しだけです」
「なら、その少しの先も知っておけ」
彼は周囲を見て、扉を閉めた。もともと無愛想な男だが、今の無表情はいつもより硬い。
「二十年前、量産寸前までいった玩具があった」
「椿、ですか」
「名前は途中で変わった。だが中心にいたのは、おまえの父親だ」
クリストルンは黙って聞く。
「当時、ある部品の強度が基準を満たしてなかった。使い方によっては、子どもの指を傷つける可能性があった」
「そんな……」
「現場は止めた。何度もな。だが上は、発売時期をずらしたくなかった」
ディトの声には、古い金属みたいな冷たさが混じっていた。
「事故寸前の騒ぎになって、計画は止まった。外には大きく出なかったが、社内は大混乱だ。で、最終的に、一人が責任を負った」
「お父さん」
「名前は伏せられた。けど現場じゃ皆、知ってた」
クリストルンは机の角を握りしめる。
「止めた人が、責任を負ったんですか」
「そういう形にされた」
その言い方がすべてだった。
「どうして誰も」
「いたさ。怒ったやつも、食い下がったやつも。だが会社ってのは、一度“守るもの”を間違えると、声の大きい順に正しさが変わる」
ディトは短く息を吐く。
「俺はそのころ、まだ下っ端だった。だから何も守れなかった」
無愛想な男の言葉に、珍しく悔しさがにじんでいた。
クリストルンは低く言う。
「それって、裏切りじゃないですか」
「入口だな」
「入口?」
「本当の裏切りは、たいていそのあとに始まる」
意味を問い返す前に、開発室の扉が開いた。
エドワインが立っていた。
「企画部の新入社員が、ずいぶん長く開発室にいますね」
冷ややかな目が、まっすぐクリストルンに向けられる。
「持ち場を間違えないで」
クリストルンは返事もできず、ただ彼女を見返した。
その視線の奥に、二十年前から続く何かの影が見えた気がした。
空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙