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媒介契約を終えた浜田の案件は、その後順調に進んでいた。
まずは測量を終え、不動産流通機構の会員専用情報サービスと民間不動産検索サイトに登録し、すぐに買い手の募集が始まった。
ネットに情報が流れた当日から、さっそくいくつかの問い合わせがきていた。その度に、花梨は電話対応に追われていた。
この日も、彼女はデスクで購入希望者からの電話に応じていた。
相手は、複数のレストランを経営する男性で、浜田家の物件を改装してレストランにしたいと考えているようだった。
「ということは、建物はそのまま残してお使いになる予定なのですね?」
「はい。写真を拝見しましたが、あんな素晴らしい建物を壊すのはもったいない。ぜひ、一度見せていただきたいなあ」
「承知いたしました。では、京極(きょうごく)様のご都合のよろしい日を教えていただけますでしょうか?」
花梨は、京極との内見の日程を決めて電話を切った。
すると、柊が花梨のそばに来て声をかけた。
「今のは、浜田様の件?」
「そうです。フレンチや和食のお店をいくつか経営している方で、新しいレストラン用地を探しているみたいですね」
その時、隣の席にいた花梨の指導員・小林美桜が口を開いた。
「水島さん、『京極様』って言ってたわよね? それってもしや……」
すると、美桜の向かいの席の同僚、佐竹則之が大声を上げた。
「えっ? それって、今話題の『京極君彦(きょうごくきみひこ)』だったりして?」
「「ええーーーっ?」」
周囲の同僚たちが一斉に声を上げた。
「お名前は確かに『京極君彦』様でしたが、でも、なぜそれを……?」
「えー? 水島さん、知らないの?」
「?」
「フレンチのカリスマシェフですよ! といっても、今はプロデュース業に専念してるみたいだけど」
「そうそう。今は実業家として活躍してますよね?」
「そういえば、この前テレビに出てました! シェフって言うより、意識高い系の経営者って雰囲気でしたねー、おまけにイケメン!」
同僚たちから次々に飛び出す情報を聞いて、花梨は自分だけ知らなかったことに愕然とする。
その時、柊が花梨に尋ねた。
「で、現場に行くのは?」
「来週の月曜日です」
「そうか。悪いけど、俺はその日、本社に呼ばれているんで同行できないな。代わりに誰か代理を立てるか……」
「お願いします」
「他にも何件か問い合わせが来ていますが、まずは京極様をご案内してもよろしいでしょうか?」
「それは、何か策略があってのことか?」
「はい。浜田様は、できれば建物を残したいと思っている気がするんです。ですから、レストランとして生まれ変われば、その願いが叶うかと……」
「なるほど。確かに、レストランとして生まれ変われば、浜田様ご自身も客として出入りできるな」
「はい」
「そういうことなら、その方向性で進めてくれ」
「ありがとうございます」
柊は笑顔で頷くと、席へ戻った。
その時、隣にいる美桜が花梨に言った。
「もし、浜田様のお宅が素敵なレストランに生まれ変わったら、みんなで行きましょうよ!」
「俺も行きたいです!」
「私も入れて~」
そばにいた同僚たちが、次々に声を上げる。すると、佐竹の隣にいた中谷が口を開いた。
「僕も行きたいけど、きっと高いんだろうなー!」
「有名シェフの店だったら高いよね~」
「くぅーっ、じゃあ、ボーナス後にしてくださいよぉ~!」
中谷の苦しそうな表情に、三人は思わず声を上げて笑った。
そこで、花梨が笑顔で言った。
「まあ、まだ、京極様が購入されると決まったわけではありませんから。どんなレストランにしたいのか、きちんと話を伺ってから慎重に精査しないと……」
「さすが、水島さん!」
「いよっ、社長賞っ!」
そこで、どっと賑やかな笑い声が響いた。
その時、少し離れた席にいた萌香が、悔しそうに花梨を睨んでいたが、彼女は急に何かを思いついたようにスッと立ち上がると、沼田係長の席へ行きこう言った。
「係長~♡ 浜田様の件も順調に進んでいるようですし、そろそろ私を営業に戻していただけませんかぁ~?」
萌香からの突然の申し出に、沼田は困惑した表情で答えた。
「それがねぇ、課長のOKが出ないと戻せないんだよ」
「えーっ、そんなのずるいですぅー!」
萌香は甘えたような声で訴えると、急に沼田係長の耳に顔を近づけてこう囁いた。
「あんまり私をいじめると、パパに言っちゃいますよ」
その言葉にドキッとした沼田は、急に顔色を変えて作り笑いを浮かべた。
「円城寺さん……お、脅しですか? 参ったなぁ……」
「あら、脅しじゃないですよ。当然の権利を主張しただけです♡」
「ははっ、冗談きついなぁ~。まあ、その件は後で上に話をしておきますから」
「わぁ♡さすが沼田係長! 話が分かる上司がいてよかったぁ~♡ では、よろしくお願いしますね~♡」
萌香は甲高い声でそう叫ぶと、満足そうに自分の席へ戻っていった。
その後ろ姿を見つめながら、沼田は「やれやれ」といった表情を浮かべハンカチで額の汗を拭った。
コメント
46件
花梨ちゃん 浜田様の言葉の裏を感じてどうしたら良いのかをわかっているから家を残すレストランを1番に考えるのね 京極様だからではない所が花梨ちゃんのいい所なのね 良い条件で話ができると良いですね^_^ 柊様 イケメンの所に花梨ちゃんを一人で行かせて大丈夫ですか?どんな人をつけるのかも楽しみです そして萌香‼️あなたみたいな人からは何も買いたく無いです💢親を出すのは卑怯ですよ
花梨ちゃんは浜田さんが何を望んでるのか察して行動ができる暖かい人柄+シゴデキ👏👏 萌香はただの僻み+パパを使った脅しかい〜情けないっ😮💨😮💨 そもそも営業に戻れても客先には連れて行けないよ😨
これは花梨さんに興味を持ちそうですね〜😆課長がどんな対策を取るのか楽しみです🤭