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#異世界転移
花月夜れん
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#魔道具職人
こはる
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フユめん
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水の匂いで、アキムは目を覚ました。
頬に触れているのは濡れた土だった。顔を上げると、浅い水を張った田が夕暮れの空を映している。細長い葉。垂れ始めた穂。見覚えのある姿なのに、どこか違う。
「……稲?」
声に出した瞬間、胸が強く鳴った。
祖父母の家の水田。泥だらけになって手伝った田植え。大学で顕微鏡を覗き、培地の匂いに顔をしかめた夜。農学系の研究室で微生物を扱っていた記憶は、昨日のことのように残っている。
だが、目の前の景色に高圧線も道路もなかった。
遠くには石造りの塔。その上を、大きな翼を持つ何かが横切った。
「……異世界、ってやつか」
冗談にして笑いたかった。口元は引きつっただけだった。
怖い。
アキムはその感情を否定しなかった。分からない場所で、分からない理由で生きている。怖くないはずがない。
立ち上がったとき、鼻を刺す臭いに気づいた。
青臭さに混じる、湿った腐敗臭。
畦の向こうで、何株もの稲が白く変色していた。茎の一部が水を含んだように濁り、穂先まで力なく垂れている。
「病気……?」
葉を一枚つまむ。白くなった部分の境目は曖昧で、触れた指にぬめりが残った。
細菌か。菌類か。それとも、この世界にしかいない何かか。
考えかけて、アキムは首を振る。
「決めつけるな。見ただけじゃ分からない」
研究室で何度も叩き込まれた。観察より先に答えを決めれば、見たいものしか見えなくなる。
そのとき、畦の案山子が目に入った。
ぼろ布を着せられた木の棒。その頭にだけ、不釣り合いなほど滑らかな銀色の帽子が掛かっている。
雨に濡れているのに曇り一つない。
「なんだ、これ」
手に取ると、金属のように見えた表面は布ほど軽かった。縁には読めない細かな文字が刻まれている。
被った瞬間、視界が弾けた。
「うわっ!」
アキムは尻もちをついた。
田の水面に、銀色の粒が無数に浮かんでいる。
土からは細い筋。健康そうな稲の根元には淡い霞。白く腐った株の周囲だけは、細かな銀粒が吹雪のように密集し、茎から茎へ糸のような筋が伸びていた。
帽子を外す。
消える。
もう一度被る。
現れる。
「……見えてるのか? 何が?」
微生物そのものとは思えない。形も大きさも揃っていない。だが、何かの活動や残した痕跡を拾っている可能性はある。
白枯れした株と健全な株で、明らかに見え方が違う。
胸の奥に、恐怖とは別の熱が生まれた。
分からない。だから、調べられる。
「おい! そこで何をしている!」
低い怒声が飛んだ。
振り返ると、畦道を鎧姿の男が駆けてくる。後ろには槍を持った兵士が二人。先頭の男はアキムの前まで来ると、ためらわず白枯れした田へ踏み込んだ。
「病田に入るな! その株から離れろ!」
男はアキムの腕をつかみ、畦へ引き上げた。
「怪我は?」
「ない、です」
「ならいい。俺はディーヴオン。辺境守備隊長だ。お前、見ない顔だな」
疑う目を向けながらも、最初に怪我を確かめた。その行動にアキムは少しだけ息を吐いた。
「アキムです。……ここがどこなのか、よく分かってません」
ディーヴオンは眉をひそめたが、笑いはしなかった。
「話は詰所で聞く。それより、その帽子はどこで拾った」
「案山子に。これを被ると、あの腐った稲の周りだけ妙なものが見えるんです」
「妙なもの?」
説明しながら、アキム自身も馬鹿げて聞こえると思った。しかしディーヴオンは鼻で笑わず、白い稲へ視線を戻した。
「白枯れだ。三週間で六つの村に広がった」
「広がった……」
その言葉にアキムの意識が引っ掛かる。
「同じ水路の田から順番に、とか?」
「なぜ分かる」
アキムは答えず、もう一度帽子を被った。
銀の筋は病株だけで終わっていない。水面を這い、細い用水路へ続いている。
呪いかもしれない。魔法かもしれない。この世界では、それを否定する材料がない。
それでも。
「伝染してる可能性があります。目に見えない何かが、水か、土か……別の何かを通って」
ディーヴオンの顔が険しくなった。
「分かるのか」
「いいえ。まだ全然」
アキムは自分でも驚くほど強い声で答えた。
「だから、確かめたいです」
日が沈みかけたころ、三人は街道沿いの詰所へ向かった。
歩きながら、ディーヴオンはラグナ領の事情を話した。今年は麦が冷害で不作になり、南方から広まった米が冬を越す命綱になっていること。だが白枯れで収量が落ち、このままでは王都へ納める年貢米さえ足りないこと。
「搬出まで二十日だ。足りなければ冬越し用の備蓄から取られる」
アキムの足が止まりかけた。
二十日。
病気の正体さえ分かっていないのに。
そのとき、街道の向こうから馬が一頭、泥を跳ね上げて走ってきた。騎手は白い法衣を着ている。
「守備隊長殿! 教会から緊急通達です!」
差し出された羊皮紙をディーヴオンが開く。
読み進めるほど、その表情が固くなった。
「何が?」
アキムが尋ねると、ディーヴオンは紙を握ったまま答えた。
「七日後、感染が確認された田を全部焼く」
夕闇の中、遠くの水田にいくつもの明かりが灯った。
虫を集めるための光だと、誰かが言った。
アキムには、その光の周囲だけ銀色の粒が薄くなっているように見えた。
偶然なのか。
それとも。
七日しかない。
怖さは消えなかった。けれど今度は、その怖さの輪郭がはっきりしていた。
何も分からないまま、燃やさせたくない。
アキムは銀色の帽子の縁を強く握った。
コメント
1件
第1話、すごく良かったです…! 水の匂いで目覚める冒頭からもう引き込まれました。アキムが「怖い」と認めつつも「調べられる」と前に進む姿勢が、研究者としてすごくリアルで好きです。銀色の帽子で見える“銀の粒”の描写が美しくて不気味で、世界観にもっと浸りたくなりました。七日間という制限と「燃やさせたくない」という決意の描き方が丁寧で、続きが気になって仕方ないです🌷