テラーノベル
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翌朝、アキムは教会の診療所にいた。
向かいに座る女はアンと名乗った。白い法衣の胸元に銀の聖印を下げ、穏やかな声で言う。
「怖かったでしょう。知らない土地で目を覚まして、そのうえ白枯れまで見たのですから」
「……はい。正直、今も怖いです」
「怖いと口にできるのは悪いことではありません」
その言葉に、アキムの肩から少し力が抜けた。
だが白枯れの話になると、アンの目つきが変わった。
「白枯れは不浄です。土地に淀んだ穢れが稲へ入り込む。だから浄化しなければなりません」
「浄化すると、治るんですか」
「初期なら多くは止まります。過去の疫病でも、浄化は人を救ってきました」
迷いのない声だった。
アキムは反論しかけ、飲み込んだ。この世界では、浄化魔法が本当に病原体へ効く可能性もある。昨日見ただけで迷信と決めつければ、観察より先に答えを置くことになる。
「だったら、確かめさせてください」
「何をです?」
「浄化した田としていない田で、本当に白枯れが減っているか。比べたいんです」
「神意を試す、と?」
空気が冷えた。
アキムは喉が詰まるのを感じた。怒らせたかもしれない。けれど七日後には田が燃える。
「違います。あなたの言うことが正しいなら、比べても同じ結果になるはずです」
アンは聖印を握った。
「……新しい見方には価値があります。ただし、不浄を増やす真似は認めません」
「それで十分です」
診療所を出ると、ディーヴオンが待っていた。
「見たいものがあるんだろ。来い」
連れて行かれたのは領都外れの錬金術工房だった。
扉を開けるなり金属片が飛び、アキムの足元を転がった。
「動かないで! 爆発じゃないから!」
作業台の陰から女が顔を出す。煤で黒くなった頬を拭い、悪びれず笑った。
「留め具が飛んだだけ。私はミルヴァ。で、何を作ればいい?」
説明を聞くと、ミルヴァは病斑の葉を透かし、棚から大小のレンズを引っ張り出した。
「小さいものを大きく見たい。でも魔力で焼きたくない。なら光を通すだけにする」
半刻後、二枚のレンズと透明な錬金術結晶を筒へ固定した器具ができた。
「もう?」
「完成じゃない。使って壊れたところから直すの」
アキムは病斑を薄く削り、水滴に浸して覗いた。
焦点をずらす。
「……いる」
似た形の丸い粒がまとまって付着している。帽子越しに銀粒が密集していた場所とも重なった。
「胞子みたいに見える。でも、まだ決めつけない」
「健康な稲は?」
いつの間にか工房へ来ていたアンが尋ねた。
健康な葉も同じように覗く。
何もいない、とはならなかった。
細いもの、丸いもの。病斑とは違う粒が、こちらにも存在する。
アンの表情が険しくなった。
「清浄な葉にも、不浄があるというのですか」
「分かりません。少なくとも、見えないものがいるのは病気の場所だけじゃない」
前世の知識と似ている。だが同じとは限らない。
だからこそ面白い。
胸が高鳴ると、ミルヴァが笑った。
「急にいい顔するね」
「そんなに?」
「宝箱を開けた子供みたい」
恥ずかしかったが、否定できなかった。
午後、長い帳面を三冊抱えた女性が工房へ現れた。
「穀物管理官のムエイルです。白枯れを調べるなら、感想より記録を見てください」
帳面には村名、田の位置、発症日、浄化日、収穫見込み、水路が細かく並んでいる。
「何日分ですか」
「三十日。毎日です」
「全部?」
「積み重ねない記録は、都合のいい物語になりますから」
アキムは身を乗り出した。
「浄化した日と、その後に再発した日を並べたいです。浄化回数と水路別にも」
「では、長くなりますね」
「望むところです」
日が傾くまで四人は帳面と格闘した。
品種や水路が違えば単純には比べられない。アキムが条件を絞り、ムエイルが該当する田を拾い、アンが教会の浄化記録と照合する。
最初に手を止めたのはアンだった。
「……おかしい」
同じ水路。同じ品種。発症時期も近い。
浄化を一回だけ受けた田より、強い浄化を二回以上受けた田のほうが再発率が高い。
別の村でも、同じ傾向が出た。
「偶然かもしれません」
そう言いながら、アキムの心臓は速く打っていた。
アンは帳面から目を上げない。
「では、偶然ではないとしたら?」
工房に沈黙が落ちた。
「浄化で消しているものが、一種類じゃないのかもしれない」
病気を起こすものだけではない。
それを抑えていた何かまで。
まだ証拠は足りない。
だが、調べるべき方向は見え始めていた。
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コメント
1件
うわ、これ面白い!! アキムの「浄化で本当に効いてるか確かめたい」って姿勢が、異世界転生ものにありがちな「知識チートで一発解決」じゃなくて、ちゃんと検証しようとしてるのがいいね。 そしてまさか浄化を多く受けた田のほうが再発率高いって逆転が来るとは…! 見えないものを見るレンズも、管理官の膨大な記録帳も、全部が伏線っぽくてワクワクした。 ミルヴァの「宝箱を開けた子供みたい」ってツッコミ、めっちゃわかるわ。続き気になる!