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爽やかな秋晴れの中、車はワイナリーを目指していた。

フロントガラスには澄み切った青空が広がっている。

瑠璃子は北海道の夏しか知らなかったので北海道の秋がこんなにも美しいとは知らなかった。


あちらこちらに見えるナナカマドの木は真っ赤に色づき街中を華やかに彩る。道沿いに等間隔に並んだ銀杏の木は眩しいくらいの鮮やかな黄色に染まっていた。冬を前にした落葉樹達は散りゆく前に精一杯の色を放っている。

こんな景色を毎日見ていたら誰だって詩人になれそうだ。


その時瑠璃子はお気に入りの作家『promessa』の事を思い出していた。

きっと彼もこんな風景を身近に感じながらあのような素晴らしい小説を書いているのだろう。もしかしたら今自分は彼の近くにいるのかもしれないと思うと胸がときめいた。


市内には大小いくつものワイナリーがあるがこの日大輔が瑠璃子を案内したのは市内で一番大きなワイナリーだった。

なぜ大きいワイナリーを選んだかというとそこには観光客向けに見学出来る施設があるからだ。

ワイナリーに到着した二人は早速施設の見学を始めた。施設内ではガラス越しに醸造の作業を見学出来るようになっている。

10月から11月にかけては醸造の最盛期とあり活気溢れる内部の様子を間近で見る事が出来た。


その後二人は併設されているワインショップへ寄る。ここで作られた何種類ものワインが販売されていたのでワイン好きの瑠璃子は少し辛口の白ワインを一本購入した。

それから二人はアイスクリームを売っている小屋へ向かう。大輔はそこでこのワイナリー名物の二種類のアイスを買ってくれた。


「白ぶどうアイスと赤ぶどうアイスどっちがいい?」

「うーん、赤ぶどう!」


満面の笑みで瑠璃子はアイスのカップを受け取る。

二人は少し先にあるベンチまで行きアイスクリームを食べ始めた。


目の前には広大なぶどう畑が広がっている。

その景色は以前瑠璃子が見たフランス映画に出て来るぶどう畑にそっくりだった。まるでフランスにいるような錯覚を覚える。

アイスクリームを食べながら瑠璃子は思った。

出逢ったばかりの大輔とこうして長時間一緒にいても全く緊張しない自分に瑠璃子は驚いていた。

大輔と一緒にいればいるほどどんどんリラックスしている自分に気付いた。だから瑠璃子は中沢との個人的な事をつい大輔に話してしまったのかもしれない。


赤ぶどうアイスは美味しかったが瑠璃子は白ぶどうアイスも気になっていた。


「白ぶどうアイスはさっぱり系ですか?」


瑠璃子が聞くと大輔はカップを瑠璃子の前に差し出した。


「食べてみる?」

「ありがとうございます」


遠慮なく一口もらう。


「白ぶどうの方がさっぱりしてる」


瑠璃子はニコニコと満足そうだ。


「最後にもう一ヶ所連れて行きたい所があるんだけれど時間はまだ大丈夫?」

「大丈夫です」


そしてアイスクリームを食べ終わった二人は車へ戻った。


大輔は最後に市内の遊園地に瑠璃子を連れて行くと言った。遊園地にはバラ園があり今は秋咲きのバラが満開らしい。

実はその遊園地は瑠璃子と祖母の思い出の場所だったので瑠璃子は喜ぶ。


バラ園には少し小ぶりの色とりどりのバラが沢山咲き乱れていた。

間もなく訪れる長い冬を前に、精一杯咲き誇るバラ達の健気な美しさを見て瑠璃子は感動していた。

時折バラに鼻を近づけながら瑠璃子は甘く優しい香りを嗅いでニッコリと嬉しそうだ。

バラ園の見学を終えると徐々に日が暮れてきた。薄暗闇が二人を包む頃にはかなり気温も下がってきていた。

そこで大輔が瑠璃子に聞いた。


「観覧車に乗ってみる? 岩見沢の夜景が一望できるよ」


その観覧車は遠い昔大好きだった祖母と一緒に乗った思い出の観覧車だった。

その観覧車に乗れるとわかり瑠璃子の目が潤む。


「乗りたいです」


瑠璃子の返事を聞いた大輔は早速チケット売り場へ向かった。


二人で観覧車に乗ると大輔が口を開いた。


「観覧車に乗ったのは子供の時以来だなぁ」

「私も。最後に乗ったのは小学校4年の時でした。ちょうど祖母とこの観覧車に乗りました」

「そうだったんだ。じゃあ思い出の観覧車だね」

「はい」


瑠璃子は頷く。その時急に当時の事を思い出した。


あれは夏休みに瑠璃子を連れて岩見沢に来た母が仕事の為一人で東京へ戻って行った日の午後だった。

母親に置いていかれた瑠璃子が淋しそうな顔をしていたので祖母が瑠璃子を元気付けようとこの遊園地に連れて来てくれた。

生まれて初めて観覧車に乗った瑠璃子は母がいない淋しさなどすぐに忘れ観覧車から見る景色に興奮していた。

そんな瑠璃子の様子を祖母は目を細めて見ていた。

ずっと忘れていた思い出を今瑠璃子ははっきりと思い出した。


瑠璃子はなぜか小学校4年生の夏休みの事だけほとんど覚えていない。

3年生までの記憶ははっきりとあるのになぜか最後の年の記憶だけがよく思い出せない。


実は4年生の夏休みに大事件が起こった。

瑠璃子が岩見沢に来ている間、祖母が心筋梗塞で倒れたのだ。

幸い祖母は救急車で運ばれ一命を取り留めた。突然目の前で祖母が倒れ救急車のサイレンの音が響き渡り救急隊が現れてバタバタと祖母を連れて行くという光景は幼い瑠璃子にとっては恐怖でしかなかった。

母親が傍にいないのに祖母までもが倒れて瑠璃子の元からいなくなってしまったのだ。その恐怖や不安は計り知れない。

そのショックから瑠璃子は一時的にその時の記憶を失っていた。

今思い出せるのは救急車の赤いランプがクルクルと回っているのと人々が慌ただしくバタバタと動き回る光景だけだった。


(もしかしたらこの町で暮らしているうちに思い出せるかも……)


瑠璃子はなぜかそんな気がした。


そしてちょうど観覧車が一番高い所へ差し掛かった。太陽はすっかり沈み辺りは真っ暗闇に包まれている。

ちょうどその時瑠璃子の眼下に岩見沢市の夜景が見えてきた。暗闇にはキラキラと輝く街明かりがまるで宝石のように浮かび上がっている。


「すごく綺麗……」

「うん、綺麗だね」


二人はしばらく無言のままその美しい夜景を眺め続けた。



観覧車からの夜景を存分に楽しんだ後二人は車へ戻った。寒さで瑠璃子の身体は冷え切っていた。

大輔はエンジンをかけると車内の暖房を強めに設定してくれた。

そして二人の乗った車は瑠璃子のマンションへ向かった。


「先生、今日はちゃんとした『文章』でお話が出来ましたね」


からかうような瑠璃子の口調に大輔が笑いながら答える。


「ハハッ、参ったな」

「病院でも今日みたいに普通に話せばいいのに」

「僕が急にお喋りになったらまた玉木さんが大騒ぎをするだろう?」

「でも絶対その方がいいのに……」

「じゃあ努力してみるよ」

「本当ですか? 先生? 約束ですよ」

「うん、わかった」


そこで二人は同時に笑う。


「僕は器用じゃないから仕事で余裕がなくなるとつい無口になってしまうんですよ。人の命を預かる仕事は少しのミスも許されないし気が抜けないんです。だからつい不愛想になって色々と誤解を与えてしまってるんだろうなぁ」


大輔の言葉には重みがあった。そこで瑠璃子は外科医としての大輔の気苦労や責任の重さを改めて認識する。

それと同時に人々の命を救い続ける大輔の努力に深い尊敬の念を持つ。


マンションに到着すると瑠璃子は大輔にお礼を言った。


「先生、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「楽しんでもらえたなら良かったよ。じゃあまた明日、病院で」


瑠璃子が車から降りると大輔が助手席の窓を開けてこう付け足した。


「明日の朝、病院での駐車頑張ってね。医局からチェックするからね」

「はーい、頑張りまーす」


瑠璃子はガッツポーズをしてから大輔に手を振った。

大輔の車が走り去ると瑠璃子は車が見えなくなるまで手を振り続けた。


マンションの部屋に戻った瑠璃子はソファーにパタンと倒れ込む。


「楽しかったー」


瑠璃子はしばらくそのままの姿勢で楽しかった一日の事を思い返していた。



その頃大輔は自宅へ向かって運転を続けていた。瑠璃子の家から大輔の家までは飛ばせば10分ほどで着く。

ハンドルを握りながら大輔も楽しかった今日一日の事を思い返していた。


「思い切って誘ってみて良かったな」


大輔はそう呟くと頬を緩めながらハンドルを握り続けた。

ラベンダーの丘で逢いましょう

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