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#王子
すっこ
173
#主人公最強
杯雪乃
1,309
「今夜死ぬのは、君のお父さんだ」
柿崎修一の言葉を聞いても、
すぐには動けなかった。
父。
水城雅彦。
十二年前、何も言わずに家を出た人。
母を一人にした人。
そして、
相原奈緒の娘と一緒に消えた可能性がある人。
私はずっと、
父を捨てた側だと思っていた。
探したこともない。
会いたいと思ったこともない。
それなのに。
二枚目の死亡通知には、
死亡対象者 水城雅彦
と書かれている。
「場所は?」
私は柿崎に訊いた。
「何?」
「父はどこにいるんですか」
「知らない」
「じゃあ、どうして父が死ぬって分かるんです」
柿崎は苦しそうに首を振った。
「千佳さんから……聞いた」
「母から?」
「十五年前に」
意味が分からない。
「十五年前、母は今夜のことまで知ってたんですか」
「違う」
柿崎が目を閉じた。
「雅彦さんが、最後には選ばれるって言ってた」
「誰に?」
返事はなかった。
意識を失っていた。
救急スタッフが駆け込んでくる。
私は後ろへ下がった。
時計。
午後六時二十三分。
父の死亡予定まで、
五時間十七分。
真壁刑事が私を見る。
「どうします」
私は迷わなかった。
「探してください」
「お父さんを?」
「はい」
「十二年間会っていないんですよね」
「だから何ですか」
思ったより冷たい声が出た。
「嫌いだから死んでもいい、とは思えません」
それだけだった。
母が佐伯を選んだとき、
娘を守りたかった。
その結果、
佐伯の息子が死んだ。
私は同じことをしたくない。
誰かを憎むことと、
死なせることは違う。
「父を助けます」
私は言った。
「二人目は、死なせません」
*
警察が父の所在を確認する間、
私は榊原へ電話した。
「雅彦さん?」
声が強張る。
「居場所を知りませんか」
『知らない』
「本当に?」
沈黙。
「十二年前、父は奈緒さんの娘と一緒に消えたんですよね」
『……そう聞いてる』
「誰から」
『千佳』
「母は父を探した?」
『ずっと』
意外だった。
母は父を憎んでいたと思っていた。
「見つからなかったんですか」
『一度だけ、電話があった』
「父から?」
『うん』
「いつ?」
『三年前』
私は息を止めた。
父は、
三年前まで生きていた。
「何て言ってました?」
『千佳には自分が生きてるって言うなって』
「どうして」
『殺されるから』
背中が冷える。
「誰に?」
『聞いた』
「答えは?」
榊原の声が小さくなる。
『澪に』
私は何も言えなかった。
「……私?」
『雅彦さんはそう言った』
「父が、私に殺されると思ってた?」
『違うと思う』
「じゃあどういう意味ですか」
『そこまで聞けなかった。すぐ電話を切られたから』
「番号は残ってますか」
『もう使われてない』
「どこからかけてきたかは?」
少し間があった。
『病院』
「病院?」
『公衆電話だった。発信元を調べたら――』
榊原が言う。
『岸本総合病院』
また。
柿崎。
母。
父。
全員が、
あの病院に繋がっている。
*
午後七時十一分。
真壁から連絡が入った。
「見つかりました」
「父が?」
「住民登録上の住所です」
「どこですか」
真壁が住所を読み上げる。
市内だった。
車で四十分もかからない。
「十二年間、市内にいた?」
「少なくとも現在の登録上は」
「いつから?」
「三年前」
榊原へ電話した時期と一致する。
「行きます」
「こちらも向かいます。ただし、水城さんは――」
電話を切った。
待てなかった。
*
父の住所は、
古い集合住宅だった。
三階。
三〇七号室。
インターホンを押す。
反応なし。
「水城雅彦さん!」
ドアを叩く。
「父さん!」
十二年ぶりに、
その呼び方をした。
胸が妙に痛んだ。
返事はない。
真壁が到着した。
管理会社と連絡を取り、
警察立ち会いで解錠する。
ドアが開いた。
「警察です!」
電気は消えている。
狭い部屋。
生活している気配はある。
テーブル。
食器。
新聞。
壁にはカレンダー。
今日の日付、
九月三日に赤い丸。
その横。
23:40
私は動けなくなった。
「知ってる……」
父は、
自分が今夜死ぬことを知っていた。
真壁が室内を確認する。
「水城さん!」
浴室。
蛇口から水が出ている。
浴槽いっぱいに水。
でも、
誰もいない。
洗面台の鏡に、
赤いペンで文字が書いてあった。
二人目は逃げた。
その下。
だから迎えに行く。
「父はどこへ……」
テーブルの上に携帯電話があった。
古いスマートフォン。
電源は入っている。
ロック画面。
通知が一件。
午後六時四十分。
送信者。
千佳
母の名前。
本文。
澪を助けたいなら、十五年前の場所へ来て。
「母の番号?」
私は確認した。
違う。
登録名だけが「千佳」。
番号は知らないものだった。
真壁が言う。
「十五年前の場所って?」
思い当たる場所が一つあった。
佐伯の息子が死んだ道路。
そして、
相原奈緒が車ごと転落した川。
*
午後八時三十二分。
雨が降り始めた。
川沿いの道路にはパトカーが先回りしていた。
佐伯も来ていた。
「澪!」
「父を見ましたか」
「まだだ」
十五年前、
佐伯の息子がはねられた場所。
道路脇には古いガードレール。
その先に川。
暗い水面。
私は周囲を見回した。
誰もいない。
「こっち!」
警察官の声。
少し下流。
堤防の脇に、
一台の車が停まっていた。
運転席は空。
後部座席も。
助手席に、
写真が置かれている。
赤いランドセルの少女。
あの写真とは別だった。
今度は、
顔が写っていた。
私は息を呑む。
少女の隣に父がいる。
若い雅彦。
そしてもう一人。
母。
三人で写っている。
写真の裏。
父の字。
澪にだけは見せるな。
その下。
この子は、水城家の子どもではない。
「じゃあ、どうして水城姓を……」
その瞬間。
川の方から声がした。
「澪!」
聞き覚えなんてないはずなのに、
分かった。
父だった。
堤防の下。
水際に男が立っている。
六十代。
痩せた体。
白髪。
十二年前より、
ずっと老けている。
それでも、
父だった。
「父さん!」
私は走った。
「来るな!」
父が叫ぶ。
足を止める。
「どうして逃げるの!」
「お前が来たら駄目なんだ!」
「死亡通知が届いてる!」
父の顔が変わった。
「誰に」
「榊原さん」
「二枚目か」
知っている。
「父さんが死亡対象者です」
父が笑った。
「やっぱりな」
「何がやっぱりなの」
「千佳の言った通りだ」
「母が何を言ったの!」
父は川を見る。
「二枚目まで来たら、全部やり直しになる」
「何が!」
「十五年前に終わらせたはずのことだ」
私は一歩近づく。
「上がってきて」
「無理だ」
「あと三時間しかない」
「だからここにいる」
「ここにいたら死ぬ!」
「ここじゃなきゃ駄目なんだ!」
父が叫んだ。
「どうして!」
父は私を見る。
十二年ぶり。
初めて目が合った。
「奈緒の娘が来る」
空気が止まった。
「連絡があったの?」
「ああ」
「どこにいるの」
「もう近くにいる」
私は周囲を見る。
暗闇。
雨。
川。
誰も見えない。
「あの子が死亡通知を送ってるの?」
父は答えない。
「答えて!」
「違う」
「じゃあ誰!」
父が口を開いた。
その瞬間。
道路の向こうから、
ヘッドライトが近づいてきた。
速い。
「危ない!」
真壁の声。
車は減速しない。
父へ向かっている。
私は堤防を駆け下りた。
「父さん!」
車がガードレールを突き破った。
大きな衝撃音。
父へ迫る。
私は父の腕をつかんだ。
飛び込むように横へ倒れる。
車が目の前を通過した。
そのまま、
川へ落ちた。
激しい水音。
一瞬、
何も聞こえなくなった。
「澪!」
父の声。
生きている。
私も。
真壁たちが駆け下りてくる。
車は川に沈んでいく。
運転席。
誰かがいる。
「運転手!」
警察官が川へ向かう。
父が私の腕をつかんだ。
「見るな」
「何で」
「見るな!」
私は父の手を振り払った。
車の運転席を見る。
ライトが水の中で揺れている。
人影。
男だった。
真壁たちが救出する。
意識はない。
私は時計を見る。
午後八時四十一分。
まだ、
午後十一時四十分ではない。
父は助かった。
少なくとも今は。
*
父は警察の保護下に置かれた。
病院ではなく、
県警の施設。
窓のない部屋。
外出させない。
水にも、
車にも、
高い場所にも近づけない。
午後十一時三十五分。
私は父の向かいに座っていた。
「あと五分」
父は時計を見ない。
「無駄だ」
「何が」
「場所を変えても同じだ」
「死亡通知は絶対じゃない」
「そう思いたいか」
「高瀬さんは予定より前に死んだ」
「だからだ」
意味が分からない。
午後十一時三十八分。
真壁が部屋に入る。
「異常なし」
午後十一時三十九分。
私は父を見る。
生きている。
呼吸している。
「あと一分」
父が初めて私を見る。
「澪」
「何」
「千佳を恨むな」
「今それ?」
「母さんは、お前を守ろうとした」
「その話はあとで聞く」
「あとがなかったら?」
「ある」
私は言った。
「私が助けるから」
時計。
午後十一時四十分。
何も起きない。
一秒。
二秒。
十秒。
父は生きている。
十一時四十一分。
私は息を吐いた。
「終わった」
父が目を見開く。
「……そんなはず」
「父さん」
私は初めて、
少しだけ笑った。
「助かったよ」
その瞬間。
廊下の向こうで、
誰かが叫んだ。
「救急車!」
真壁が扉を開ける。
「どうした!」
警察官が走ってくる。
「さっき川から救出した運転手です!」
私は立ち上がった。
「運転手?」
「搬送先で――」
警察官が息を切らす。
「午後十一時四十分、死亡が確認されました」
体が冷たくなる。
父は、
生きている。
なのに、
また別の男が、
死亡通知と同じ時刻に死んだ。
私は訊いた。
「その人、誰なんですか」
警察官が答えた。
「身元が分かりました」
一枚の免許証を見せる。
そこに書かれた名前を見て、
父の顔が凍った。
「嘘だ……」
私は父を見る。
「知ってる人?」
父は震えていた。
「知ってる」
「誰なの」
父が免許証を見つめる。
「十五年前――」
声が掠れた。
「奈緒を殺すはずだった男だ」
コメント
1件
ええええ!!ラストのどんでん返しやばすぎる😭💦 まさか十五年前に奈緒を♡♡♡はずだった男が、父の代わりに死ぬなんて…てか父が「奈緒の娘が迎えに来る」って言ってたの、この男のことだったの!? 澪が父を助けるって決めたときの「死なせることは違う」って台詞、すごく響いた…。そして三年前に父から「澪に♡♡♡れる」って電話があったのも気になりすぎる!!続きが気になって今夜眠れないよ〜😫🌸