テラーノベル
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九月三日、午後五時四十分。
柿崎修一の死亡予定時刻まで、
あと六時間。
私は岸本総合病院の駐車場で、スマートフォンの時計を見た。
午後十一時四十分。
十五年前、佐伯課長の息子が死んだ時刻。
高瀬隆志の死亡通知に書かれていた時刻。
そして柿崎自身が残した死亡診断書にも、
同じ時刻が記されている。
「柿崎先生の携帯は?」
私は真壁刑事に訊いた。
「電源が切れたままです」
「最後の位置情報は?」
「病院周辺」
「じゃあ、まだここにいるかもしれない」
真壁は病院を見上げた。
「それなら、とっくに見つかっています」
柿崎が姿を消してから二日。
警察も病院も探している。
自宅にもいない。
車も病院の駐車場に残されたまま。
なのに本人だけが消えた。
まるで高瀬と同じだった。
建物の中にいた。
そして、
どこにも映らなくなった。
「防犯カメラは?」
「最後に映ったのは一昨日の午後九時十二分」
「どこで?」
「精神科病棟」
私は顔を上げた。
母が十五年前に入院していた場所。
*
精神科病棟は、本館から渡り廊下で繋がった古い建物にあった。
現在は改装中で、半分ほど使われていない。
看護師長の案内で、柿崎が最後に映った映像を見る。
午後九時十一分。
白衣姿の柿崎が廊下を歩いている。
手には古いカルテ。
九時十二分。
突き当たりの扉を開けた。
そこで映像は終わる。
「この先は?」
私は訊いた。
「旧病棟です」
看護師長が答える。
「今は使ってません」
「カメラは?」
「ありません」
「出口は?」
「非常口が一か所。ただし施錠されています」
「柿崎先生は鍵を?」
「医師なら持っています」
真壁が訊く。
「その先に何があります?」
看護師長は少し考えた。
「昔の診察室と資料保管庫です」
私はすぐに言った。
「行きます」
*
旧病棟には、十五年前の空気が残っているようだった。
剥がれかけた壁。
古い診察室。
使われなくなったナースステーション。
薄暗い蛍光灯。
真壁が一つずつ部屋を確認する。
私は母のことを考えていた。
十四歳だった私が知らないところで、
母はここに入院していた。
奈緒を告発したとされる六月十日。
その日も、
母はここにいた。
なら、
会社へ告発書を持っていったのは誰なのか。
「水城さん」
真壁が呼ぶ。
資料保管庫だった。
棚には古いカルテが並んでいる。
「これを」
机の上に、一冊だけ開かれたカルテがあった。
患者名。
水城千佳。
母。
十五年前。
担当医。
柿崎修一。
「やっぱり柿崎先生だった」
私はページをめくった。
五月三十一日。
母が会社を辞めた日。
記録。
強い不安状態。被害妄想の訴えあり。
六月二日。
「娘が狙われている」と繰り返す。
六月五日。
「死亡通知が届いた」と紙片を持参。
真壁が私を見る。
「十五年前の死亡通知」
さらにめくる。
六月八日。
患者は『七人の中から一人選べと言われた』と訴える。
六月九日。
選択を拒否。
六月十日。
私は指を止めた。
患者、外出なし。終日病棟内。
「やっぱり」
告発書が会社に提出された日。
母は病院から出ていない。
母の署名は偽造された。
六月十一日。
患者、取り乱す。
その下。
「奈緒さんが私を裏切った」と発言。
私は眉を寄せた。
奈緒は母に裏切られたと思っていた。
母も、
奈緒に裏切られたと思っていた。
誰かが二人を互いに敵だと思わせていた。
「これ」
真壁がページを指した。
六月十二日。
相原奈緒、病院へ来院。患者との面会を希望するが、水城千佳が拒否。
「母が?」
なぜ会わなかった?
次の行。
患者『あの子のことを話したら、奈緒さんも殺される』
また、
あの子。
奈緒の娘。
私はさらにページをめくった。
六月十八日。
母の手帳には、
高瀬に殺される。
と書かれていた日。
カルテには、
患者、病室内で意識消失。
「意識消失?」
真壁が読む。
「原因不明……約八分後に回復」
その下に、赤いペン。
心停止を確認。
私は声を失った。
「母……一度死んでる?」
八分間。
心停止。
蘇生。
だから母の手帳には、
高瀬に殺される。
そして後の写真には、
この人に殺された。
比喩ではなかった。
十五年前、
母は一度、
死んでいた。
そのときだった。
廊下から音がした。
ガタン。
真壁が振り返る。
「誰かいる!」
走る。
私も続いた。
廊下の奥。
古い処置室。
扉が少し開いている。
真壁が押した。
「警察です!」
誰もいない。
ただ、
床に白衣が落ちていた。
名札。
柿崎修一。
「先生……」
白衣の横には、血。
まだ新しい。
点々と廊下へ続いている。
追う。
旧病棟の奥。
地下へ降りる階段。
「こんな場所が?」
看護師長が後ろから追いついた。
「昔の霊安室です」
地下。
冷たい空気。
血痕は扉の前で消えていた。
真壁が開ける。
暗い。
電気をつける。
古いストレッチャー。
使われなくなった冷蔵庫。
そして、
人が倒れていた。
「柿崎先生!」
私は駆け寄った。
六十歳前後の男。
額から血を流している。
でも、
息をしている。
「救急!」
真壁が叫ぶ。
柿崎の目が薄く開いた。
「……水城」
「はい。水城澪です」
手を握る。
柿崎の指が私の腕を掴んだ。
「千佳さんの……」
「娘です」
「来ちゃ……いけない」
「誰にやられたんですか」
柿崎は答えない。
私は時計を見る。
午後六時十一分。
死亡予定まで、
五時間二十九分。
「先生を助けます」
柿崎が首を振った。
「無理だ」
「無理じゃない」
「違う」
「何が?」
柿崎は苦しそうに息を吸った。
「私の死亡診断書……見ただろ」
「見ました」
「名前を……よく見ろ」
「柿崎修一って」
「それは患者名じゃない」
意味が分からない。
「じゃあ何ですか」
柿崎が震える指を、自分の胸へ向ける。
「医師名だ」
私は固まった。
死亡診断書。
確かに通常なら、
患者の死亡を確認した医師が署名する。
私たちはずっと、
「柿崎修一が死ぬ診断書」
だと思っていた。
でも、
違う。
柿崎は、
死ぬ人ではない。
「じゃあ、患者氏名は?」
柿崎は目を閉じた。
「消されていた」
「本当は誰なんです」
彼は答えようとした。
その瞬間。
病院内に放送が流れた。
『コードブルー、救命救急センター』
私は顔を上げる。
『コードブルー、救命救急センター』
柿崎の顔が歪んだ。
「始まった」
「何がですか」
「十一時四十分まで……六時間」
「誰が死ぬんです」
柿崎が私を見る。
「死亡通知は」
声が掠れた。
「未来を教えてるんじゃない」
私は息を止める。
「じゃあ何です」
「順番を決めてる」
「何の?」
柿崎は最後の力で言った。
「誰が――」
一度、激しく咳き込む。
「誰を殺すかだ」
そして、
私の腕を強く掴んだ。
「今夜死ぬのは、私じゃない」
「誰ですか」
柿崎の唇が震えた。
「二人目だ」
「榊原さん?」
彼は首を振った。
「違う」
そして、
こう言った。
「君のお父さんだ」
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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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コメント
1件
わあ〜!!第17話、めっちゃ重くてエモくてやばかったです😭💦💦 柿崎先生が「死亡診断書の医師名」って衝撃の事実…!ずっと死ぬ人だと思ってたからマジで鳥肌立ったよ…🥶 それに母・千佳さんが一度心停止してたって伏線、ここで回収するのか…!「高瀬に♡♡♡れる」が比喩じゃなかったのヤバすぎる😭 そしてラストの「君のお父さんだ」!?!?!? え、澪パパ!? 今まで登場してなかったのにここで!? もう続き気になって今夜眠れないよ〜!!😱💕 swingout777さんの伏線の貼り方、マジでエグい…!考察捗りすぎて頭パンクしそうだけど、それも含めてめっちゃ楽しいです!!✨ 次回も全力で待ってます🔥🌸