日曜日の朝、葉月が二階から降りると、バスルームから物音が聞こえてきた。
どうやら、賢太郎がシャワーを浴びているようだ。
(熱は下がったのかな?)
洗面所が使えなかったので、葉月はキッチンへ行き朝食の準備を始めた。
スクランブルエッグとベーコン、フレッシュ野菜のサラダを作り終えた頃、賢太郎が現れた。
昨日、熱で赤みを帯びていた顔は、すっかり元の顔色に戻っていた。
「おはよう! シャワー、勝手に借りたよ」
「具合は大丈夫なの?」
「今朝は平熱に戻ったよ。身体もすごく軽いし、もう大丈夫だ。いろいろとありがとう」
「よかった! 朝食は食べられる?」
「お腹、ペコペコだよ」
「トーストでもいい?」
「もちろん」
賢太郎の視線を感じた葉月は、自分がスッピンであることに気づき、慌てて洗面所へ向かった。
しかし、賢太郎が壁に手をついて、葉月の行く手を阻んだ。
「スッピンだから逃げようとしてる?」
「だって、恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしくないよ。スッピンの葉月も綺麗だ」
葉月は、朝から賢太郎に歯の浮くようなセリフを言われ、葉月はついソワソワしてしまった。
間近で見る賢太郎は、昨日の弱々しい姿が嘘のように、今朝は精力的だった。
湿った髪とボディーソープの香り、そして少し熱を帯びた瞳に、葉月は思わずくらくらしてしまう。
(若いイケメンが、こんな歯の浮くようなセリフを言うなんて反則だわ)
そう思いながら、葉月は必死に耐える。
そして、なんとか洗面所へ行こうと強引に突き進むが、次の瞬間、まるで罠に引っかかった小動物のように、賢太郎の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「眉毛くらい書かせてよ!」
「眉毛のない葉月もかわいいよ」
「嘘! 福笑いのおかめみたいだもん」
「そんなことないよ……」
賢太郎は葉月の前髪を優しくかき上げ、眉に優しくキスをした。
(も、もうー、朝からなんなのーっ!)
葉月は、崩れ落ちそうな身体を支えながら必死に踏ん張ると、再び賢太郎に声をかけた。
「お願いだから、顔を洗わせて」
「ハハッ、そんな可愛い顔で頼まれたら、仕方ないな。では、どうぞ、お姫様!」
賢太郎は、かしこまった顔でうやうやしくお辞儀をしてから、葉月を解放した。
「ありがとう」
葉月は逃げるように洗面所へ向かう。
そして手早く顔を洗ってから、化粧を済ませた。
最後に髪をブラッシングしながら、鏡に映る自分に語りかける。
(なんであの人と関わると、こんなに調子が狂っちゃうんだろう)
葉月は一度大きく深呼吸をしてから、再びキッチンへ戻った。
キッチンへ戻ると、賢太郎はリビングのソファーに座り、ニュースを見ながら携帯をチェックしていた。
葉月が朝食の支度を再開すると、今度は航太郎が二階から降りてきた。
航太郎は、ソファーに座っている賢太郎を見て、思わず叫ぶ。
「わ、賢太郎さんだ! もう治ったの?」
「ああ、心配かけちゃったね。もう大丈夫だよ」
「よかったー! 俺、心配してたんだからね!」
「ありがとう! 心配かけたお礼に、今日は家庭教師をみっちりやるからな」
「えー? 日曜だもん、今日は遊びたいな―」
「うーん、外にはまだ出られないけど、家の中ならいいよ」
「本当? じゃあ一緒にゲームやろうよ」
「オッケー」
「やった! うわぁ、最高だなぁ! 家の中に賢太郎さんがいるなんてさ」
航太郎はとても嬉しそうだ。
「航ちゃん、顔を洗ってらっしゃい」
「はーい」
息子が嬉しそうにバタバタと走って行くのを見て、葉月に思わず笑みがこぼれる。
(そんなに嬉しいんだ……)
そう思いながら、葉月はコーヒーをカップに注ぐ。
それから三人で朝食をとった。
食事中、航太郎のお喋りは止まらない。
いつになく興奮している息子の姿に、葉月は思わず頬を緩める。
食事が終わると、後片付けを賢太郎が申し出てくれたが、葉月はやんわりと断った。
「大丈夫よ。のんびりしてて」
「ありがとう。じゃあ、航太郎とゲームでもしてくるかな」
「やった! やろうやろう!」
航太郎は大喜びで、賢太郎を二階に連れて行った。
食器を片付けながら、葉月はなぜか懐かしい感覚に包まれていた。
(男の人が家にいるなんて久しぶりで、なんだか不思議。あの子も、父親がいた頃のことを思い出していたのかもしれないわね)
航太郎のあまりのはしゃぎぶりを目の当たりにして、葉月はそう思っていた。
葉月自身も、かつて結婚していた日々を思い返し、切ない感情が込み上げている。
(もし、あのまま結婚生活が続いていたら、今頃私は夫に守られ、航太郎は父親に守られて、もっと楽に生きられたのかもしれない。それなのに、一体どこで間違っちゃったんだろう……)
葉月はふと、マイナス感情に囚われる。
(もし私が、もっと夫の心を繋ぎ止める努力をしていたら、あの子に淋しい思いをさせることもなかったかもしれない……)
後悔にも似た感情が、波のように葉月の心に押し寄せてきた。
しかし、葉月は慌ててその感情を振り払おうとした。
(過ぎたことを振り返っても仕方ないわ。前を向いて歩かなくちゃ!)
葉月は、意識して気持ちを奮い立たせながら、片付けを続けた。
コメント
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いえいえ....葉月ちゃんのせいではないし、あの元旦那とは別れて正解だったと思うよ....🤔 航太郎くんも賢さまに懐いているし お互い好き同士なんだから 、今のこの生活をめいっぱい楽しんでね🍀✨
葉月ちゃん‼️あのダメ元旦那と一緒にいても二人とも守って貰えないですよ‼️ 賢太郎様だから二人を守って笑いの絶えない家族ができるんですよ‼️ 前だけを向いて賢太郎様の方を向いて 航太郎君ともしかしたら新しくふえる可愛い家族と幸せになってくださいね
葉月ちゃん もう、前進あるのみ💖 賢太郎となら大丈夫デスです💖