その日も、賢太郎は葉月を迎えに来てくれた。
家に向かう途中、賢太郎が言った。
「真っ黒になって帰ってきたよ」
「ふふっ、写真で見たけど、少しは逞しくなったかな?」
「うん。山のキャンプが楽しかったらしくて、もう火も起こせるって自慢してたよ」
「本当? じゃあ、今度庭のバーベキューのときに、やらせてみようかな?」
「いいね。あと、あの話はまだしてないから」
「ありがとう。二人で伝えたほうがいいと思うから、夕食の時にでも」
「そうだね」
二人は微笑み合い、ふふっと笑った。
家に着くと、葉月はリビングへ向かう。
部屋に入ると、ソファーで寝転がっていた航太郎が、飛び起きた。
「航ちゃん、おかえり!」
「ただいまー」
「うわー、ずいぶん日焼けしたわねぇ」
「山焼けね! 標高が高いとさぁ、太陽がすぐ近くに感じて、あっという間に焼けちゃったよ」
航太郎は、笑いながら言った。
「あ、それ、お土産! 俺が選んだの。で、そっちのは、流星のお母さんから」
「わぁ、ありがとう! 優羽ちゃんからも? あとでお礼の電話しなくちゃ」
そこで、賢太郎が言った。
「今したら? 夕飯はカレー作っといたから」
「ありがとう。いい匂いがしてるなーと思ってたんだ。じゃあ、ちょっと電話してくる」
葉月はそう告げると、二階へ向かった。
残った男二人は、夕食の支度を始めた。
賢太郎がこの家に来てから、航太郎は自ら進んで手伝いをするようになっていた。
葉月が、お礼の電話と着替えを済ませてリビングへ戻ると、すっかり夕食の支度は整っていた。
二人はすでに席についている。
「助かるー! もう食べるだけね」
「そうだよ。俺も手伝ったからね」
「航ちゃんも疲れているのに、ありがとう」
「最近、航太郎は指示をしなくても、進んで手伝うようになって偉いよなぁ」
賢太郎に褒められた航太郎は、嬉しそうにニコッと笑った。
そして、三人は夕食を食べ始めた。
「美味しい! いつものカレーとは一味違うわね」
「スパイスを少し足したからね」
「本当だ! まるでお店のカレーみたい」
「野菜の旨味とコクが出てるだろう?」
「うん! とっても美味しい!」
航太郎は、嬉しそうにパクパクと食べ続ける。
その時、賢太郎と葉月は目と目で合図を交わす。
これから航太郎に、二人が結婚することを話そうと思っていた。
「ねぇ、航太郎、ちょっと話があるんだけど」
「何?」
サラダに入っているプチトマトをパクッと口に入れた航太郎は、手を止めて母の葉月を見た。
「あのね……お母さん、桐生さんと結婚しようと思うの」
葉月が意を決してそう告げると、その場がシーンと静まり返った。
賢太郎も息を潜めている。
その時、航太郎の口から、プチトマトがポロッとこぼれ落ちた。
「まっ、まじでっ!?」
航太郎は、皿の上に落ちたプチトマトには目もくれず、大声で叫んだ。
「うん。でね、航太郎の意見を聞きたいと思ってるの」
賢太郎は口を挟まずに、じっと黙っていた。
「意見って何だよ! そんなのないよ! いいに決まってるじゃん!」
航太郎の驚きの表情は、みるみる笑顔に変わっていった。
それを見た賢太郎と葉月は、ホッと胸を撫で下ろした。
「本当にいいのね?」
葉月は念のため、もう一度息子に尋ねた。
「もちろんオッケーさ! わー、夢ってこんなに簡単に叶うんだー」
「夢?」
「そう! 賢太郎さんが、俺の父ちゃんになるっていう夢!」
それを聞いた二人は、思わず目を見合わせて微笑んだ。
そこで、ようやく賢太郎が口を開いた。
「じゃあ、俺は航太郎のお父さんになってもいいの?」
「いいに決まってるでしょ! 大歓迎だよ!」
「それは嬉しいな。航太郎、ありがとな!」
「どういたしまして!」
賢太郎の口癖を、当たり前のように口にした息子を見て、葉月は思わずクスッと笑った。
賢太郎も嬉しそうだ。
「じゃあさ、練習で、俺のことをお父さんって呼んでみてよ!」
突然、賢太郎がそんなことを言ったので、航太郎はびっくりした。
「え? いきなり?」
「こういうのは、無理にでも口に出して練習した方が、馴染みが早いんだ」
「そ、そうなの?」
航太郎はそう言いつつ、急にもじもじし始めた。
思春期の中学生には、少しハードルが高い課題のようだ。
そんな航太郎を見て、賢太郎が言った。
「『お父さん』が嫌なら、『パパ』でもいいぞ?」
その言葉に、葉月と航太郎が同時に吹き出す。
「中学生で『パパ』はないでしょうー?」
「そうだよ、恥ずかしいよ」
「そう? 俺は、パパって呼ばれても全然OKだけどなぁ」
その言葉に、航太郎はクスクスと笑い出した。
「ほら、航太郎、言ってみて!」
「えーっと……お、お父さん?」
「そうだ、いいぞ、その調子! じゃあもう一回!」
「お、お父さん……」
「お、ちょっと馴染んできたな。もう一回!」
「お父さんっ!」
「自然でいいねぇ。ちなみに、『パパ』も言ってみて!」
「やだよ、お父さん! パパなんて恥ずかしいよ!」
航太郎は、そう言ってからハッとした。
今、無意識に賢太郎のことを『お父さん』と呼んだことに気づいたからだ。
一方、賢太郎は、見事策略にはまった航太郎を見て、ニヤリと笑った。
「よーし、合格! じゃあ、そういうことでよろしくね」
「わかったよ、お父さん!」
「お、いいねぇ! まるで10年前から呼ばれていたみたいに自然だ」
「そう? 俺って演技うまいの? だったら芸能人になれる?」
航太郎が調子に乗って言ったので、賢太郎が茶化すようにこう告げた。
「芸能人になんか、興味ないくせに」
「あ、バレたか!」
そこで、二人は声を出して笑った。
リビングに大きな笑い声が響く。
しかし、葉月だけ笑っていなかった。
なぜなら、葉月の目には、喜びと感動の涙が少しずつ溢れてきていたからだ。
コメント
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めでたいのう
ぅお〜😭✨航ちゃん良かったねー✨ ずっと前から、こうやって暮らしてきたみたいな素敵な家族✨🥹
おめでとうございます💓💓💓🎉 よかった、よかったよ〜😭