コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
*****
「な? 夫婦になってまず、なにをしよう?」
ぐったりとベッドに身体を沈める椿に、俺はテンション高めに聞いた。
結婚できた喜びと、エロい下着姿の椿を抱けた興奮と、身体的な爽快感がそうさせている。
「……食事がしたいです」
肩を上下させながら呼吸を整え、妻が言った。
なんとも、我が最愛の妻らしい、色気のない答え。
「部長の家でケーキ食っただけだしな?」
俺は素っ裸でベッドを出て、クローゼットからパンツとスウェットを取り出し、身に着けた。
振り返ると、エロい下着の肩紐が肩から落ち、腰の紐が片方解けた姿で横たわる椿の後ろ姿。
瞬く間に元気はつらつと自己アピールし始めそうな息子を諫めるべく、俺は視線を逸らし、寝室を出た。スマホを持って。
時刻は二時十三分。
簡単にスマホを操作し、ポケットに入れた。
冷蔵庫を開けると、ケーキの箱とオードブルの容器が目に入った。
オードブルの容器を取り出し、サンドイッチやサラダを皿に移す。
それから、ドアポケットに牛乳と一緒に並んでいるシャンパンを取り出した。
それらを寝室に運ぶ。
「時間も時間だから、軽くにしたぞ」
乱れた姿の妻がのそっと起き上がった。
気怠く、エロく、煽情的な姿に、ドキッとする。と同時に、思いつく。
サイドテーブルにシャンパンと皿を置き、クローゼットからシャツを出すと、椿の肩に掛けた。
「いいですよ。私、シャワー浴びて自分の――」
「――ダメ」
「え?」
「それ、着てて」
「彼シャツならぬ夫シャツ」
俺のシャツを着て、その下にはエロい下着。
最高だ。
椿は何か言いた気だが、何も言わなかった。
余程疲れているのか、言っても無駄だと悟ったのか。
両方だが、後者が有力だろう。
なぜなら、彼女の視線が俺の下腹部をなぞったから。
余計なことを言って、食べ損ねてはと思ったに違いない。
「まずは、乾杯」
俺はベッドの端に腰かけ、シャンパンを開けた。
椿がシャツのボタンを掛けながら、ベッドから足を下ろした。
「グラス、持ってきますね」
「いらないよ」
瓶に口をつけてシャンパンを含み、椿の肩を抱き寄せた。
彼女の唇をすくい上げ、舌を割り込ませると、同時にシャンパンも一緒に流れ込む。
「んっ――!」
ゴクンと椿がシャンパンを飲み込み、口を離すと、シャンパンが彼女の唇の端から零れた。それを、俺が舌で舐めとる。
「冷えてて、美味いな?」
「味なんてっ、わかりません」
焦って手の甲で口を拭う妻。
「おいで」
俺は自分の膝を叩いた。
鈍い妻には珍しく、すぐに意図を察したようで、迷う。
どの仕草、表情を取っても可愛くて仕方がない。
「おいで」
もう一度言うと、観念した妻が四つん這いになり、恐る恐る俺の膝に乗った。
俺のシャツの襟から、エロい下着が見える。
それに包まれた白く柔らかな胸も。
待て待て待て。
椿がサンドイッチを食べるまでだ。
俺は『何に』ともなく言い聞かせた。
椿を横抱きにして、シャンパンの瓶を渡す。
「そのまま飲んでいいぞ」
「彪さ――、彪は?」
「俺も飲む」
「なら――」
「――早く飲んで食べないと、このまま挿れるぞ?」
「~~~っ!」
椿は瓶に口をつけ、傾けた。
俺はサンドイッチを半分口に入れ、嚙み切らずに、口から出ている半分を妻の口に寄せた。
恥ずかしがって唇をもぞもぞさせている姿も可愛いが、パンから卵が零れそうだ。
気づいた彼女は、零れかけた卵ごと、パンを咥えた。
絶対に、客観的には見たくない自分。
それほど、俺は浮かれていた。
「結婚式、どうする?」
最後のサンドイッチを食む妻に、聞いた。
椿はゆっくり咀嚼し、シャンパンで口の中を潤し、それから答えた。
「しません」
「興味ない?」
「憧れとか、ないですね」
「そっか」
残念に思った。
椿の花嫁衣裳姿は、きっと、ドレスでも着物でも綺麗だろう。
だが、急ぐことではないし、追々でもいいだろう。
「新居は?」
「え?」
「もっと広いとこに引っ越すか?」
「いりません! ここだって十分に広いですし」
「そっか? 子供ができたら手狭じゃないか?」
無意識に出た言葉だった。
そして、それに驚いた。
結婚願望の欠片もなかった俺が、結婚した途端に子供を持つことに抵抗をなくしている。
椿も驚いたようだ。
「あーーー。ま、その時に考えるか」
俺ひとりで浮かれているようで気恥ずかしくなる。
椿は瓶をサイドテーブルに置き、俺の胸にしな垂れかかる。
「椿?」
「借金……は自分で返したいんです」
俯く彼女の表情は、見えない。
「今までも家賃のかからない生活をさせてもらって大変申し訳なく思っているのですが、もう少しで完済できますので、子供に関しましては、その後に相談させてください」
随分と他人行儀な言葉遣いに、ちょっと傷つく。が、ひとまず彼女の考えを尊重したい。
「わかったよ」と、妻の頭を撫でる。
「他には? 結婚生活について言っておくことや、俺に要望はないか?」
フルフルと首を振る。
「先のことでもいいぞ? 一軒家が欲しいとか、犬が欲しいとか」
「……」
「椿?」
「……」
反応がない。
まさか、と彼女の顔を覗き込むと案の定、目を閉じて、規則正しい呼吸を繰り返している。
「マジか……」
シャンパンの瓶を持ち上げてみると、軽かった。
ほとんど椿一人で飲んでしまった。
はぁ、と深いため息をついて、妻の身体ごとベッドに横たわる。
「色々あったしな」
フッと笑みをこぼし、新妻の唇に自分の唇を重ねた。
「これからよろしくな、奥さん」
遊び疲れた子供の様に、俺たちは深い眠りについた。