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「はっ――、あ……んっ!」
掠れた嬌声と、ベッドが軋む音が響く寝室。
既に陽は高く、遮光とは言えどもカーテンの隙間や裾から明かりが差し込んでいる。
「もっ……お、無理――ぃ」
声が届いたかはわからない。
声を発したつもりでいるだけで、言葉になっていたかも怪しい。
十二時間前に私の夫となった彪は、私が目覚めるなり求めてきた。
昨夜は帰るなり抱かれて、軽く食事をとったところまでは憶えている。
正確には、冷えたシャンパンが美味しいと感じたところまで。
疲れ果てた身体はアルコールによって深い眠りに誘われたようだ。
「あーーー、ヤバッ!」
背後から私の腰を抱いて攻め立てる彪の甘い声に、下腹部が痺れる。
倫太朗のアドバイスで買った下着は、彪に喜んでもらえた。
が、まさかここまでとは。
昨夜は着たままで、今は半端に乱されている。
片方のカップが乳房の下にずり降ろされ、僅かに下乳が挟まって痛い。
揺さぶられ、背中のホックも食い込み気味だ。
いっそ外して欲しいと頼みたいのに、声が上手く出ない。
散々喘がされ、喉の奥の粘膜が渇き、ヒリヒリする。
それなのに、声が止まらない。
私の膣内の奥の奥まで、彪で埋め尽くされている。
シーツに頬を押し付け、腰を高く上げ、なんとあられもない痴態を晒し、それでも気持ちいいのが止まらない。
彪が私に欲情してくれるのが、嬉しい。
急にプツンと胸が締め付けから解放された。
「顔、見せて」
乳房を鷲掴みにされ、そのまま上体を持ち上げられる。その拍子で、ズルッと彪が私の膣内から抜け出た。
身体を捻られ、彼と向かい合う。
目を細め、肩で浅い呼吸を繰り返す彪。
愛おしい、私の旦那さま。
唇が重なるのと、互いの舌が絡まるのは同時で、みっともないほど開かされた足の間には、熱く猛った彪。
両胸の尖端を指で摘ままれ、捏ねられると、腰が跳ねた。
「あっ……ん」
「椿……」
自分の名前が、こんなに煽情的だとは知らなかった。
違う。
彪の奏でる全ての言葉が、私を熱くする。
「ひょ……お」
「椿、見えるか?」
私の腰を抱いたまま、彪が上体を仰け反る。
反動で私もバランスを崩しかけたが、彼がしっかりと支えてくれた。
「俺が椿の膣内《なか》にいるの」
彪の視線が、二人が繋がる部分に落とされ、思わず私もそうしてしまうが、すぐに目を逸らした。
「彪のいじわる! 昨夜から、恥ずかしいことばかり――」
「――そう言いながら、めちゃくちゃ締め付けてんの、わかってる?」
「そんなこと――」
「――あ……っ」
彪がギュッと瞼を閉じ、唇を噛んだ。
「ひゃ――」
膣内で、彪の熱が吐き出されるのを感じる。
くすぐったいような、気持ちいいような不思議な感覚だが、じわっと胎内が熱くなるのは確かにわかる。
私は彼の首に腕を回し、ギュッと抱きついた。
首筋に、彼の弾む吐息を感じる。
お互いに汗びっしょりだ。
シーツも湿って気持ち悪い。
「お風呂に入りたい」
そう言って耳朶を食むと、彪が笑った。
シーツやタオルケットを持ち、二人で裸のまま寝室を出た。
洗濯機を回し、バスタブにお湯を張る。
着替えを取りに自分の部屋に行くと、彪がついて来た。
「服とか、寝室に運ぶか」
「え?」
「入りきらない分はこのままでいいからさ」
彪が写真を手に取る。がすぐに置いた。
「さ、一緒に風呂入ろう」
「えっ! 一緒に? 無理です!」
「待ってる間に冷えそうだし、いいだろ」
私の意見など聞く気はないようだ。
恥ずかしい、が、早く汗を流したい。
背に腹は代えられず、私は夫に従った。
ただ、お風呂でのセックスは何としても阻止したく、最大限の警戒態勢でいると、彪に「もうしないから」と笑われた。
背後から抱き締められる格好で、バスタブに浸かる。
「なぁ?」
「ん?」
「月曜の午前、有休取るから」
「え?」
「色々、名義変更とかあるだろ?」
「名義変更……」
そうだ。
彪は婚姻届の『婚姻後の夫婦の氏』の欄の『妻の氏』にチェックをつけた。
本籍地はこのマンション。
これにより、私たち夫婦の戸籍の筆頭者は私になった。
圧倒的多数で、婚姻後は妻が名義変更に奔走するだろう。
だが、私たちの場合はそれが彪で、クリスマスが終わったら年末で、早くしないと全ての手続きが年明けになってしまう。
「月曜の朝一で区役所行って、戸籍謄本と住民票を貰って、警察で免許証の住所変更をして――」と、彪が指を折る。
「――マンションと車と生命保険の名義を変更して、会社にも届なきゃだろ? あ! スマホの名義変更もか?」
「あ、あのぉ……」
「ん? あ、名字のことは言うなよ? 俺がそうしたかったんだ。椿に、『是枝椿になってください』とか言ってみたかったのも確かんだけど、お家騒動みたいなのに巻き込まれたくないからさ」
「けど――」
「――ホントに清々してる」
本当だろうか。
是枝の姓を名乗り続けることで、私にまで迷惑がかかるのではと配慮した結果ではないのだろうか。
だが、届はもう出した。
彪が私の肩にチュッと口づけた。
「指輪はいつ買いに行く?」
「指輪……」
「うん。式を挙げなくても、結婚指輪は買うだろ」
「指輪……」
私は指輪をはめたことがない。
恋人がいなかったからだけでなく、金銭的に余裕がなかったからだけでなく、私自身が装飾品に興味がないから。
自分の指を見つめる。
「指輪……」
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