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2026年7月23日 午前6時15分
■■県童ノ宮市湯山町戴 稚児喰ノ山 ロープウェイ乗り場・山麓駅
塚森キミカ
【ちごくいのやま伝説】
その昔、一人の稚児が大ぜいの悪者に追われ湯山の里にある大岩戸ノ山に逃げこみました。大岩戸ノ山は里の人々から神様とあがめられていて、とても優しく親切な心を持っていましたので、稚児を自分の中にある洞くつに隠してあげることにしました。
だけど、その稚児はとても徳が高く、なみの大人よりも頭がよくて強いほう力が使えただけでなく、とても美しくかわいい姿をしていました。なので、大岩戸ノ山は稚児を自分だけのものにしたくなり、パクリと稚児を食べてしまいました。それから大岩戸ノ山は稚児喰ノ山(ちごくいのやま)と呼ばれるようになりましたとさ。
赤錆が浮きた看板のテキストに思わずうちは目を泳がせていた。
この山に伝わる伝承をできるだけ忠実に再現し、要約したのだろうけど観光地に置くにしてはあまりに凄惨で救いがなさすぎる。
……そんなふうに考えてしまうのはうちだけやろか?
思わずため息が出た時だった。
「――はぁい、それじゃお待ちの方、どうぞー」
券売窓口から声をかけられ、うちは慌てて前へと進んだ。
「ようこそ、お参りくださいました」
ニコニコと恵比須顔をしている係員のおっちゃんが朗らかに声をかけてくれる。
「ええっと中学生一枚ください……」
「あんた達、ご姉弟? お稚児様によろしくご挨拶してきてね」
「はぁーい」
うちの隣で小さな男の子がはにかんだような笑顔をおっちゃんに返す。
「おじさんも、どうぞ良い一日を……」
この子はマー君こと栗原マキオ君。東京で子役をしている男の子だ。
役作りのため、お母さんの栗原ミサキさんと一緒に童ノ宮に取材旅行に訪れていて、うちはその案内役を任されていたんだけど……。
うちとマー君は、ここ稚児喰ノ山山麓駅と山頂駅を繋ぐロープウェイ、その手狭なゴンドラの中に乗り込んでいた。
地元の観光協会と童ノ宮崇敬会の氏子さん達がボランティアで管理運営している古い設備で、一日のうち何十回と山麓と山頂を行き来している。
稚児喰ノ山は標高千五十メートルあり、ロープウェイ移動での所要時間は片道七分ぐらい。自然豊かな童ノ宮市の貴重な観光資源であるのと同時に神域でもあり、山自体が稚児天狗とは別の神様として童ノ宮でお祀りされていたりする。
難しくてうちにはよくわからないけれどカガヒコノミコト、つまり、稚児天狗が崇敬される以前、湯山の民に信仰されていたのはその山神だけだったとか……。
そんなことをボンヤリと考えているうちに、重く低い音を立ててゴンドラが動き出す。
思いのほか揺れは大きく、心配性なうちは少し不安になる。
だけど、このロープウェイは解説されて四十年、一度も事故が起きていないというお父さんの言葉を思い出して気を取り直す。
「キミカちゃん、見て」
隣から声をかけられた。
もちろん、マー君だ。他には誰もいない。
マー君は小さな子供が電車に乗った時よくやっているように、シートに両膝をついて窓の外を覗き込んでいた。
お行儀よく、靴まで脱いで。
「ジオラマみたい」
「えっ」
「童ノ宮……。もう、あんなに遠くに見えるんだね」
マー君の言う通りだった。
地上数百メートルの高さから見下ろした街並みはどこか作り物じみていて、往来を行き来する人影や車両、広大な田園風景を走り抜ける電車。よく出来たアニメーションのような風景だった。
それをマー君はジッと見つめていた。一点の曇りもない、キラキラとした瞳で。口もとには小さな微笑みを浮かべて。
それはとても可愛らしくて子供らしい表情だったけれど――、うちはまた落ち着かない気持ちになる。朝日を浴びたその横顔は綺麗で透明感があって、あまりにもデリケートでふとした瞬間、粉々に砕け散ってしまいそうで。
コメント
1件
読んだよ…「稚児喰ノ山」の伝承、めちゃくちゃ不気味で引き込まれた🥀 救いなさすぎて「これを観光看板に置くの?」ってキミカちゃんと同じツッコミしたくなった。マー君の幼くてキラキラした瞳が逆に不安を煽ってくる感じ、すごく上手いなって思う。透明で繊細な横顔の描写が印象に残ってる。続きが気になる…!🤍