修学旅行から戻って最初の月曜。教室のざわめきはいつもより騒がしかった。配られたお土産や班ごとの写真を見せ合い、笑い声が絶えない。遥は自席に座り、カバンを机に置いたまま、視線を泳がせていた。
「おーい、スター来たぞ」
誰かがわざと大声を出す。
振り返ると数人がスマホを掲げている。画面には――旅館の部屋でポーズを取らされている自分の姿。浴衣の裾を広げさせられ、ぎこちなく笑っている顔。
「これさ、修学旅行一番の傑作だよな」
「文化祭の展示に使えんじゃね?」
笑い声が爆発する。遥は反射的に顔を伏せた。机の木目に爪を立てる。反論すれば消されるどころか拡散される。「消してほしければ言うこときけ」という声が蘇る。
「なあ遥、次は学校でも案内してくれよ。オリエンテーリングの練習な」
誰かが地図を広げて机に叩きつけた。
「ほら、体育館まで最短ルート、今ここで説明しろ」
「間違えたら、罰ゲームな」
遥は唇を噛んだ。震える指で地図をなぞり、必死に説明を始める。声が裏返っても、止めるわけにはいかなかった。案の定、途中でつっこまれる。
「おいおい、そっち遠回りだろ」
「ほら罰ゲーム。はい立て、顔上げろ」
机がどんと揺れた。逃げ道はない。遥は立ち上がり、ぎこちなく笑みを作った。クラス全体が舞台の観客に変わる。スマホのレンズが向けられ、無数のシャッター音が飛ぶ。
「いいねー、スターの登場だ」
「次は体育祭で踊ってもらおうぜ」
体育の授業になると、噂はさらに広がった。
二人組を作る時間。誰も遥と組まない。わざと余らせる。
「ほら、センターに立たせろよ」
誰かが声を上げる。残った遥は、全員の視線を浴びながら真ん中に立たされた。
ボールを投げる練習でも、遥には飛んでこない。代わりに床を転がすように投げられ、取りに走らされる。
「拾ってろよ、スター」
そのたびに背中に嘲笑が突き刺さる。
放課後。昇降口で靴を履き替えようとすると、小さな紙切れが落ちてきた。拾い上げると、そこには手書きの一文。
『次は歌え。拒否したら画像、全員に送信』
遥は心臓を鷲掴みにされたように息をのんだ。
既に何人かが廊下の端でスマホを掲げて待っている。笑顔を作れと顎を押さえられた夜が頭をよぎる。
「なあ、やれよ。どうせ得意なんだろ?」
「スターの生歌聞かせろ」
喉が詰まり、声が出ない。だが写真を思い浮かべた瞬間、無理やり声を絞り出した。震える声。途中で音程が外れ、笑いが起こる。
「下手すぎ! 録音しとけよ」
「BGMに使えるわ」
笑い声にかき消され、遥の声は掠れて消えた。
帰り道、遥はイヤホンを耳に押し込んだ。だが音楽は届かない。頭の中では、笑い声とシャッター音が繰り返し響いていた。
歩く足は鉛のように重い。家に帰っても、また次の命令が待っている――そう思うだけで胸が潰れそうだった。
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