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最初に異変を感じたのは昼休みだった。弁当を広げようとした瞬間、前の席の女子がわざとらしくスマホを掲げ、隣の友達に見せていた。
「ねえこれ見た? めっちゃ笑える」
画面には、旅館の部屋で遥が浴衣を広げて立たされている写真。添えられた文字は《クラスのスター》。
笑い声が机の間を伝っていく。誰かが送信したらしい。グループLINEの通知音が、あちこちで同時に鳴った。
遥は弁当箱を閉じた。箸を握る指先が汗で滑る。
「やば、もう拡散止まらんやん」
「他のクラスにも回そうぜ」
「フォロワー欲しいしタグつけとこ」
次の時間にはもう、他学年の生徒が覗きに来ていた。廊下から「本人だ」「本物だ」というひそひそ声。
黒板に書かれた授業内容など、誰も見ていない。教室は舞台に変わり、遥は知らぬ間に主演俳優にされていた。
靴を履き替えようとした瞬間、背中を叩かれる。
「お前、人気者だな。TikTokでも流れてたぞ」
差し出された画面には、浴衣姿の写真に音楽がつけられ、勝手に編集された短い動画が再生されていた。コメント欄には知らない名前が並ぶ。
《ウケる》
《これ男?女?》
《もっと見たい》
足元が崩れるような感覚に、遥は立ち尽くした。
見たこともない人たちが、自分を笑っている。顔も名前も知らない、遠くの誰かが。
教室に戻れば、すでに新しい「遊び」が始まっていた。
「じゃあ次は声のやつ流そっか」
誰かがスマホを操作し、スピーカーから震える歌声が流れた。遥が強要されて歌った録音だ。
「聞けよこれ、腹筋割れるわ」
机を叩いて笑う声が重なる。
遥は必死に声を振り絞った。
「……消してくれ」
その一言が、さらに笑いを誘った。
「消してって! 本人が言ったー!」
録音ボタンが再び押され、恥の上塗りが始まる。
夜、自室の布団に潜り込んでも通知は止まらなかった。匿名アカウントからのフォロー申請、見知らぬ名前でのコメント。
《明日もやれよ》
《次は踊れ》
画面を閉じても、まぶたの裏で文字が光る。
翌日。学校に行くと、今度は教師の前でクラス全体が芝居を打った。
「こいつ、文化祭で司会やりたいって言ってました!」
「そうそう、本人ノリノリでしたよ」
教師は真に受けて、「積極的でいいな」と笑った。
否定する声を上げられない。否定すれば昨日の写真も動画も、さらに広まる。
遥は黙ったまま、うつむいて頷いた。
笑い声の中心に立たされ、逃げ道を一つずつ塞がれていく。
拡散は止まらない。教室という狭い檻を越え、学校全体、SNSの向こう側へ。
知らない誰かにまで、自分の必死な姿が晒されていく。
遥の耳には、もうクラスメイトの声とネットのコメントの区別がつかなくなっていた。
笑いと通知音が混ざり合い、頭の奥で延々と響き続けていた。