その日の夕食時、葉月は賢太郎と会ったことを、航太郎に話した。
「マジでっ? 母ちゃん、それ本当なの?」
「うん」
「え? ……っていうことは、すぐ隣のマンションに、賢太郎さんが住んでるってことだよね?」
「そうよ。どの部屋かは知らないけどね」
「マジかぁーーー! くぅーーーっ! 嬉し過ぎて、俺、今日寝れないかもー」
「ハッ? そんなんで眠れなくてどうするの?」
葉月は思わず可笑しくて笑った。
「だって母ちゃん、桐生賢太郎は俺の憧れの人なんだよ? マジで俺はあの人を尊敬してるし、将来はあの人みたいになりたいって思ってるんだから」
「はいはい、そうですか。でもなんでそこまで憧れるの? あの人って、ただの鉄道写真家でしょ?」
「フッ、母ちゃんは、本当に何も知らねーんだな」
「知らないって何が?」
「桐生賢太郎はね、鉄道写真以外にもいろいろとやってるんですぅ」
「いろいろって?」
「例えば、廃線になりそうな鉄道のクラウドファンディングとか、悪質な撮り鉄に対して、マナーや意識向上の啓蒙活動とか。あ、あとは有名撮影スポットの清掃活動なんかも定期的にやってるし、児童養護施設へおもちゃやランドセルを贈ったり……あとはぁ…….」
「え? まだあるの?」
「あるよ。この前は、鉄道会社の新型車両の開発にも参加したし、ターミナル駅のリニューアルの際にも、アドバイザーとして呼ばれてたよ」
それを聞いた葉月は、びっくりした。
(え? そんなに色々やってるの? てっきりただのカメラマンだと思ってたのに……)
「でも、なんでそんなにあちこちから呼ばれるの? それも専門知識がいるような場所でしょう?」
「賢太郎さんは、東都工業大学の交通工学科の院卒だから、元々はその分野のプロなんだよ。頭が良くて超イケメン……くぅーっ、カッコ良過ぎるぜー」
航太郎は、たまらないといった顔をする。
一方、葉月は驚いていた。東都工業大学といえば、理系の国立大学の中では東大の次に難しい大学だ。
「そうなんだ……」
「ちなみに、俺はあの人と同じ大学を目指してるからね」
「え? 嘘?」
「嘘じゃないよ。あの人を見て、俺にもやっと目標ができたんだー」
航太郎は得意気に言った。
「え? じゃあ航ちゃんは、将来そっちの方向に行きたいの?」
「うん。まあ、今のところ一番興味があるのは鉄道写真だけど、カメラマンなんてそうそう簡単にはなれないでしょ? 有名なカメラマンになるには、上手く撮る技術だけじゃなく、それなりのセンスも必要だし、そっち方面にコネもないとだからさぁ。だからカメラマンが駄目だった時のために、ちゃんと勉強もしておきたいんだ。正直俺は、鉄道を趣味で終わらせるつもりはないからさ。そこんとこは母ちゃんもよろしくー」
「そ、そうなんだ……」
葉月はかなり驚いていた。
まだあどけなく、将来のことなど何も考えていないと思っていた息子が、そこまで考えているとは思いもしなかった。
(いつの間にかこんなに逞しくなって……フフッ、びっくりしちゃった)
葉月はそう思いつつ、息子が選んだ道が、父親とはまったく違う方向だと知り、思わず可笑しくなった。
(フフッ、啓介がつけた『航』の字も、全く意味がなかったわね。それに、子供っていうのは、父親の背中を見なくても、立派に育つものなのね……)
そこで、航太郎がまた話し始めた。
「でもさぁ、賢太郎さんって本当に凄いんだよ。撮り鉄の間では『王子』って呼ばれてるんだから」
「王子?」
「そう。実際に会ったことがある人は、みんな賢太郎さんのことを『王子』って呼ぶんだ。なぜかって言うと、話し方が超優しくて、態度もものすごく紳士的だからなんだって。格好いいだろう? とにかく、あいつとは全然違うらしいんだ」
「あいつって?」
「もう一人、有名な鉄道写真家がいるんだけど、母ちゃん知ってるかな?」
「あ、あのちょっとチャラい人? お母さんが日曜に観るドラマの後の鉄道番組の人?」
「そうそう、あいつ」
「あの人、たまーにワイドショーにも出てるよね?」
「そう。あいつはマジで最悪らしいよ。実際に会った撮り鉄の間では、かなり評判が悪いんだって。いつも威張ってツンツンしてるって」
「へぇー、そうなんだ。テレビだと愛想良く見えるのにねぇ」
「外面がいいだけなんじゃない? それに比べたら、賢太郎さんはむっちゃいい人らしいよー。相手によって態度を変えないところが、カッコいいんだよなぁー」
「ふーん、そうなんだ」
たしかに、葉月はこれまで三度賢太郎に会ったが、会う度に彼はいつも穏やかだった。
(若いわりに落ち着きがあるしね……)
葉月は納得する。しかし、そこで一つ疑問が生じた。
いくら彼が著名な写真家で、さまざまな活動に携わっていたとしても、果たして慈善事業をするほど儲かっているのだろうか?
高級車を乗り回し、高級リゾートマンションに住むほど、鉄道写真家という職業は本当に儲かるものなのだろうか?
葉月のイメージでは、鉄道写真家はフォトグラファーの中でも地味な位置に存在するので、それほど羽振りがいいとは思えなかった。
そこで葉月は息子に聞いてみる。
「でもさぁ、慈善事業するほど、鉄道写真家って儲かるものなのかなぁ?」
「賢太郎さんくらいになったら儲かると思うよ。あ、ちなみにあの人、大学の写真学科でも教えてるし、本を出したり鉄道雑誌のコラムなんかも書いてるからね。それに投資もしているみたいだし」
「投資?」
「うん。この前、佐倉健吾っていう有名な投資家の動画チャンネルに、ゲスト出演してたみたい。賢太郎さんの『tubuyaki』でポストしてた」
『佐倉健吾』の名前は、葉月でも知っていた。
佐倉は、超イケメンの投資家で、動画投稿サイトで投資に関する情報を配信している。
経済新聞や経済雑誌などのインタビューでも、よく見かける。
「へぇ、写真家って言っても、今はマルチに活動するんだね」
「そうだよ。ほら、流星の父ちゃんだってそうじゃん。山岳写真家と実業家の両方をやってるし。それより母ちゃん、今日アパートのドアを直してもらったんでしょう? なんかお礼をした方がいいんじゃないの?」
「それはちょっと思った」
「だったらさぁ、うちに呼んだら? お礼に母ちゃんの手料理でもご馳走するとかさー」
航太郎は目をキラキラと輝かせながら、母親に提案した。
「それは無理でしょ。テレビに出るような有名人だよ? いきなり家に招待できるわけないじゃん。だから、うーん……お礼は……今度、何か美味しいものでも買ってきて渡そうかなぁ。あ、でもどの部屋に住んでいるかわからないんだよなー」
葉月は首を傾げる。
「だったら、俺が張り込んで渡そうか?」
「ばっかねぇ、それじゃストーカーじゃない。有名人にストーカーなんかしたら、逮捕されるわよ。お母さん、犯罪者の親にはなりたくないわ」
「ちぇっ! じゃあ偶然会えるのを待つしかないのかぁ……」
航太郎は不満気に呟くと、葉月お手製のロコモコのハンバーグを、ポイッと口に入れた。
コメント
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航太郎ええ子に育ちすぎ🥹🥹🥹賢太郎さん養護施設にランドセルとか寄附してるだなんて楓ちゃんとも繋がり有ったりする?なんて思ってしまう。これから航太郎君が葉月さんの恋の援護射撃要員だねー✌️✌️✌️
追伸:チャラい鉄道写真家が、変な風に関わってこないと良いのですが…と、イヤな予感がちょっと。 場所柄、まだまだ他の作品の登場人物いるかも〜😂。
健吾さん‼️😍🥰💖💝🎉 大好き〜🥰