花純が弁当を食べ終えてからスマホを見ると、メッセージが届いている事に気付いた。
メッセージは本社にいる時に仲良くしていた同期の中島美香子からだった。
花純はすぐにメッセージを見る。
【新しい職場はどう? 花純の異動に関する新情報が入ったから今日帰りにそっちへ寄るよ。何時だったら帰れそう?】
(私の異動に関する新情報?)
もちろんその情報をすぐに知りたいと思った花純は、すぐに返信する。
【新しい職場の人はいい人達ばかりだよ。で、なに? その新情報気になる。仕事は5時半までなんだけれど、定時に上がれる
かどうかはまだわからないんだけどそれでもいい?」
【もちろん! 花純の店の隣にカフェあるよね? あそこ前に雑誌に載ってて気になってたからそこで待ってるよ。そのビルに
も行ってみたかったしね】
【ありがとう。じゃあ後でね】
花純は返信を終えると、フーッとため息をついた。
自分がどうして左遷されたのか今日分かるかもしれない。そう思うと少し緊張してきた。
とりあえず美香子に会うまでは午後の仕事に集中しようと思った。
花純は弁当箱を片付けると、もう一度庭園の先端の手すりまで行く。
そしてその先に見える東京タワーを見つめた。
昼休みを終えた花純は、午後の勤務も順調にこなしていた。
午後3時になると、アルバイトの黒崎彩が出勤してきた。
彩は花純よりも1歳年上の感じの良いとても素敵な女性だった。
彩はこの日ロングスカートを履いていた。
(デートなのかな?)
花純に綾を紹介した後、優香が言った。
「彩ちゃん今日デートだなぁ?」
「あっ、バレました? へへっ!」
綾はメイクも髪もきちんと整えとてもお洒落にしている。
いわゆる『愛され女子』といった感じで幸せそうに見えた。
「彩ちゃんの彼は司法修習生なのよ。彼がちゃんと独り立ちをした後に結婚する予定なんですって! ねっ!」
「そうなんですー! って言っても、いつになるかわからないですけれどね。フフッ」
花純はその場の雰囲気に合わせてなんとなく微笑んでいたが、
もうすぐ結婚予定だと言われてもピンと来ない。
歳は花純と一歳しか離れていないのに、既に将来の事をきちんと考えている彩を見て
ただただ尊敬の念しか湧いてこない。
そこで彩が言った。
「花純ちゃんは彼氏いるの?」
「えっ? い、いません……」
動揺している花純を見て優香と彩が笑う。
「花純ちゃんは、今は植物が恋人っていう感じかな?」
優香がそう言うと、
「そうです。多分そんな感じです」
花純が焦って答えたので、また二人は笑った。
とにかく今の花純の頭の中には、特定の男性が入る余地などなかった。
それほど今の花純の興味は、仕事と植物の事にしか向いていなかった。
午後三時になると、優香は本社で行われる店長会議に出席する為本社へ行くらしい。
「私、今日直帰だから、あとの事洋子さんよろしくね!」
「承知! 気をつけていってらっしゃい」
「ありがとうー、じゃあ行ってきまーす!」
優香はそう言って店を後にした。
その後も特に問題はなくゆったりと時間が過ぎていく。
花純が早速ドライフラワーのリースを作っていると、
一人の男性が店に入って来た。
花純は顔を上げて、
「いらっしゃいませ」
と客に声をかける。
しかしその客の顔を見て驚いた。
「あっ! 坂上さん!」
「やあ! 頑張ってるみたいだね!」
坂上はそう言うと爽やな笑顔を見せた。
花純の前に立っている男性は、青山花壇の本社に勤務する坂上健太だった。
健太は現在33歳、以前花純がいた庭園デザイン設計部の先輩だった。
花純は健太のアシスタントを務める事が多く、これまで健太と様々な仕事をしてきた。
健太は花純が新人の頃から、いつも丁寧に指導してくれた。
だから花純にとって健太は尊敬する先輩の一人だった。
「今日はどうして?」
「うん、近くの会社に商談に来たから藤野がどうしてるか様子を見に来たんだ」
「それはわざわざすみません」
「で、どう? なんとかやっていけそう?」
「あ、はい。ここの人達は皆優しい方ばかりなので…」
花純はそう言ってちらっと店の奥を見る。
すると、洋子と彩は顔をくっつけてニコニコしながらこちらの様子をうかがっていた。
そこで花純は二人に健太を紹介する。
「あの、こちらは本社にいた時の先輩で坂上さんです」
すると健太は、ツカツカと二人へ歩み寄ると名刺を渡してから言った。
「初めまして坂上健太です。今日は近くへ寄ったついでに後輩の様子を見に来ました」
そう言って、手にしていた菓子折を洋子に渡す。
「坂上先輩っ…わざわざ買って来てくれたのですか?」
花純が驚いて言う。
坂上が買って来た洋菓子は銀座で人気の店の物だった。
「うん、ここに来る前は銀座で仕事だったんだよ」
「すみません、ありがとうございます」
花純が恐縮していると、洋子が笑顔で言った。
「わざわざありがとうございます。あいにく今日は店長が本社に行っておりまして…あ、でも私も元々は本社にいた人間なんで
すけどね……」
そこから洋子と健太の本社談議が始まる。
二人の話が終わったのは5分ほど経ってからだった。
その時健太が腕時計を見た。
「じゃあそろそろ行くね」
「今日は本当にありがとうございました」
「また近くに来たら寄るよ。その時はランチでもしよう」
「はい……」
花純が笑顔で答えると、健太は手を挙げてから店を後にした。