健太の姿が見えなくなると、洋子と彩がニヤニヤしながら近づいて来て言った。
「ちょっとちょっと花純ちゃーん」
「今のはなにー?」
「なんかすっごくいい雰囲気だったんだけれど?」
「ほんとほんと、すっごく爽やか系のハンサムさんでしたねぇ」
二人の言葉を聞いて、花純はポカンとしている。
洋子と彩が言っている意味がわからないようだ。
「えっと……だからあの人は先輩ですが?」
「ただの先輩?」
「そうそう…もしかして恋人とか?」
『恋人』という言葉を聞き、花純はびっくりして顔の前で手をブンブンと振る。
「ないっ、ないです! ただの先輩ですっ!」
花純が慌てて否定しても、二人はニヤニヤしていた。
その時、女性客が店に入って来たのでその話はそこで中断した。
女性客が花束を抱えて外に出て行くと、洋子が嬉しそうに叫ぶ。
「早速これいただこうよぉー! チーズケーキだよー! 美味しそう!」
「賞味期限は明後日だから、優香さんの分も取っておかなくちゃね」
そこで三人は午後の休憩時に、健太が持って来たチーズケーキを一つずつ食べる。
花純も休憩時間になると、バックヤードの事務所の椅子に座りチーズケーキを頬張った。
そしてふと思う。
(先輩がわざわざ来るなんてびっくりしたぁ…)
花純はその時、本社時代に健太と仕事をしていた時の事を思い出していた。
「藤野さん、植物は繊細なんだ。だから人間と同じように大切に取り扱うんだよ」
「いかに予算内で顧客好みの植物を選べるかが腕の見せ所なんだ」
「その家に住む家族が、家に帰って来た時の風景を想像してごらん。そうすれば自ずとエントランスのデザインは浮かんでくる
はずだ」
花純にガーデンデザインの基礎を叩き込んでくれたのは、健太だと言っても過言ではない。
だから花純は健太に対し感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだ。
そんな心から信頼している先輩が、花純が異動した初日に様子を見に来てくれたのだ。
こんな嬉しい事はない。
(あぶなっかしい私を心配して来てくれたのね)
花純はそう思いながらフフッと笑うと、美味しいチーズケーキを口に運んだ。
そして午後五時半の定時に花純は仕事を終えた。
この店では、よほど大きな注文がなければほぼ定時で帰れるとの事だった。
本社では残業が当たり前だった花純にとって、定時に上がれるのは嬉しい。
花純はエプロンを外してロッカーからバッグを取り出すと、
洋子と彩に、
「お先に失礼します」
と言って店を出た。
店を出た途端、ホッと息をつく。
異動初日の初仕事は無事に終わった。
同期の中島美香子からはスマホにメッセージが届いていた。
既に隣のカフェにいるようだ。
花純が辺りをキョロキョロと見回すと、
「花純、こっち!」
声の方を見ると美香子が微笑んでいた。
美香子はロビーの中心に設置された有名彫刻家が手掛けた樹木のオブジェの近くにいた。
そのオブジェのすぐ傍のテーブル席から手を振っている。
「美香子、わざわざ来てくれてありがとう」
「うん、こっちは五時きっかりに上がれたからすぐにここに来たけど、 20分もかからなかったよ」
「割と近いよね。で、どうする? ご飯は外に行く?」
「外に移動するの面倒だからここでもいい?」
「いいけれど、カフェでいいの?」
「うん。このカフェのパスタ美味しいらしいよ。前に雑誌に載ってたの。あと、店長が割とイケメンじゃない?」
美香子はニヤッと笑って言う。
「そう?」
花純はそんな事は考えた事がなかったので、ポカンとして言った。
すると美香子は、
「あはは、花純は相変わらず男には全く興味なしか! あのね、ご飯の後二階のショッピング街を見て帰りたいんだ。だからこ
こで食べた方が助かるのよ。あ、でも職場のすぐそばだと花純が嫌か…」
「それは全然構わないよ。新しい職場の人達はみんな優しいし」
「へぇー、人に恵まれた職場なんだ…それは良かったね。じゃあ早速食べるもの買いに行こうよ」
美香子はテーブルの上のトレーはそのままにして席を立った。
それから二人は注文カウンターまで行き、それぞれが好きなパスタを注文した。
その時、高城不動産ホールディングスの副社長・高城壮馬と専務の板垣優斗が
エレベーターから降りて来て真っ直ぐにカフェへ向かって来た。
二人は残業前にこのカフェで腹ごしらえをするらしい。
「中の席は埋まってるな。ここでいいか?」
と壮馬が聞くと優斗は言った。
「どこでもいいよ。腹減ったから早くなんか食いたい…」
それから二人はスーツの上着を椅子にかけると、注文カウンターへ向かった。
コメント
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花純ちゃん全く坂上さんを異性として見てないけど坂上さんは違う? 美香子ちゃんの情報は?
坂上先輩は花純ンの事を危なっかしいなんて思ってないよ、きっと😊 それよりも美香子ちゃんと花純ンのカフェご飯の席とと優斗さんと壮馬さんの席が近い気がするんだけど〜😁💦