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カーテンは閉じられ、灯りは薄暗く抑えられていた。蓮司の部屋は、いつもどおり、乱れていない。
香りも空気も一定で、そこだけ現実から切り離されたように整っている。
遥は、床に座り込んでいた。
ベッドの傍、ラグに指を押しつけるようにして。
蓮司は壁にもたれ、缶コーヒーを片手に遥を見ていた。
「……黙ってると、まじでつまんないよ、おまえ」
軽い口調。
けれどその奥には、わずかに探るような気配が混じる。
遥は返さない。
押し殺した息を、かすかに吸って、吐くだけ。
蓮司は近づき、しゃがみ込む。
指先で遥の顎をとらえ、上を向かせる。
「……ねえ、どうしたの?」
その瞬間、遥の視線が──逃げた。
いつもの、あの生意気で、媚びていて、虚勢を張った“顔”じゃない。
壊れかけているのが、蓮司にはすぐにわかった。
「日下部に、なにか言われた?」
黙っていた遥の肩が、ぴく、と動いた。
「──泣いてた、って」
遥の声は、ひどく小さかった。
擦れた喉の奥から、言葉にならないものが漏れ出しそうで、それを必死に飲み込む。
「俺、……笑ってたはずだったのに」
目が合わない。
蓮司の指が動き、遥の頬を撫でる。
「演技、してた。ちゃんと、してたのに」
唇が震えた。
呼吸が乱れている。
「バレてた。……なんで」
蓮司は答えない。
面白がっているわけでも、慰めるわけでもない。
ただ、観察するように、遥を見ていた。
「なんで……あいつだけ、見抜くんだよ」
遥は、膝に爪を立てる。
自分の腿を、強く、爪で押す。
「蓮司は、……笑ってたのに。……沙耶香も、見てたのに。なのに……」
ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれていく。
まるで、糸が切れて、耐えきれずに漏れ落ちていくように。
「俺、……バレてたら、終わりなのに。俺が、やってること、ただの……バカじゃん……」
蓮司がふ、と息を吐く。
そして、遥の両肩をとらえて、ゆっくりとベッドに押し倒した。
その動きに、遥は抵抗しない。
ただ、眼だけが蓮司を見ている。
涙も、怒りもない。
ただ、焦燥と混乱と、自分への軽蔑だけが滲む目。
「──じゃあ、“泣かされてる自分”も、演じてみれば?」
蓮司の声は、静かだった。
その言葉に、遥は初めて、眉を寄せた。
「ふざけんな」
「ふざけてないよ。だってもう、おまえ、“本当の自分”ってやつ、どこにあるかわかんないんでしょ?」
蓮司の手が、遥のシャツをゆっくりとほどく。
「だったらさ、もういっそ、全部“演技”にすればいいじゃん」
「……」
「嘘で塗り固めたまま、誰の前でも生きて、壊れたら──俺の前だけ、素直になればいい」
蓮司は囁いた。
その声音は、優しさの皮を被った嗜虐だった。
「“彼氏”って、そういう役割でしょ?」
遥の胸が、かすかに震えた。
目を閉じて、唇を噛みしめる。
──耐えている。
けれど、演技ではない。
もはや、自分の本音がどこにあるのか、遥にもわからない。
そして、蓮司の指が動き出したとき、遥の喉から小さく、乾いた声が漏れた。
「……じゃあ……壊して、ちゃんと……」
蓮司の目が細くなった。
満足そうに、笑った。
「うん。そういうのが、見たかった」
その夜、遥の中の“嘘”は一枚、確かに剥がされた。
だがそれは、蓮司の望んだ順序と意図によって、“丁寧に壊された”嘘だった。