テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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昼前、トゥランは橋のたもとに白い石灰で線を引いていた。
星降る橋へ上がる階段の前、シェルターへ向かう通路、屋台が並ぶ予定の広場。その全部に、まるで見えない流れを地面へ写し取るみたいに線を重ねていく。
サベリオが近づくと、トゥランは振り向かずに言った。
「踏むな」
慌てて足を止める。
「ごめん」
「謝るなら覚えろ。人は雨が降ると、考える前に明るいほうへ寄る」
トゥランはそこでやっとこちらを見た。
「だから灯りと出口は、きれいに並べるだけじゃ足りない。身体が勝手に動く先を作る」
その言葉は、橋の構造とは別の怖さを教えていた。
少ししてアルヴェが来た。橋の使用人数を記した板を見て、眉をひそめる。
「ここまで細かく区切るのか」
「区切る」
トゥランは即答した。
「橋に人が溜まれば、それだけで危ない」
「演出が弱くなる」
「怪我人が出れば演出どころじゃない」
空気が一瞬で張る。以前ならサベリオが慌てて割って入っていたかもしれない。けれど今日は黙って見た。
アルヴェは祭り全体を見ている。トゥランは現場の身体感覚で判断している。どちらも間違っていない。ただ、立っている場所が違う。
トゥランは線を引き終えると、橋の中央を指した。
「ここは止まる場所じゃない。通す場所だ」
次にシェルターの入口を示す。
「雨が強まったら、こっちへ流す。迷う時間を作らない」
アルヴェは無言で周囲を見回した。橋の美しさを活かしたい気持ちと、事故を出したくない現実がその顔に同時に出ている。
サベリオはようやく口を開いた。
「橋は見せ場にする。でも、本番の主役はシェルター側へ移せるようにしておけば……」
トゥランが小さくうなずく。
「そうだ。橋で見せるのは始まりだけでいい」
アルヴェは腕を組み直した。
「最初から全部橋でやる前提を捨てるってことか」
「捨てるんじゃない」
トゥランの声は低いままだった。
「役目を変える」
その言い方に、サベリオは少し救われた。諦めるのではなく、役目を変える。橋も、祭りも、きっと人もそうなのだ。
午後、トゥランは若い手伝いたちを集めて簡単な避難訓練を始めた。ヌバーが客役になって大げさに迷い、モルリが「そんな酔っぱらいみたいな客いる?」と笑う。けれどその笑いの中で、誰がどこへ立てば人の流れが途切れないかが少しずつ見えていった。
サベリオも何度か走って通路を確かめた。濡れた石畳で足がすべる場所、屋台の脚が張り出しそうな角、子どもが立ち止まりやすい広場の端。今までなら事故の芽としてしか見えなかったものが、今日はちゃんと対処できる具体的な形で見えてくる。
訓練の終わり、アルヴェがトゥランに近づいた。
「……お前の言う通りだな」
トゥランは肩をすくめる。
「珍しいな」
「言わせるな。こっちは責任者だぞ」
「だから言ってる。責任者なら、怪我しない形で格好つけろ」
その返しに、アルヴェは一瞬あきれた顔をしたあと、ふっと笑った。
「現場の口は悪い」
「お前ほどじゃない」
二人の間に、ようやく噛み合う空気が生まれる。
サベリオはその横顔を見ながら思った。対立していたんじゃない。同じものを守りたいのに、守り方の言葉が違っていただけなのだ。
帰り際、トゥランは線の消えかけた地面を見て言った。
「祭りの日に一番先に動くのは、準備したやつじゃなくて、迷ったやつだ」
「うん」
「だから、迷わない道を先につくる」
サベリオは深くうなずいた。
人を助けるのは、勇気や気合いだけじゃない。立つ場所、向かう順番、足が勝手に選べる道。その全部がそろって初めて、誰かは無事に帰れる。
トゥランの現場には、その当たり前が黙って並んでいた。